2019年03月27日

先駆けの桜

光が丘公園内では図書館前の芝生に他の桜の木に数週間も先駆けて満開になる桜の木がある。毎年ソメイヨシノがまだつぼみの時にこの別種の桜の木は既に満開になっている。公園全体が本格的なソメイヨシノの桜まつりで賑わいを見せるのも今週末になりそうで、それを知らせる横断幕が銀杏通りに張られたばかりだが、晴天の今日待ちきれない家族連れが唯一満開の先駆けの桜を見学して楽しんでおられた。

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2019年03月26日

心の不安

なぜかこの四カ月近く不安な気分に苛まされていた。心の落ち着きなく暇な時間をもてあましていた。朝からギターを弾いて気持ちの落着きを取戻すような生活を続けていた。自分としては何か気の張るようなセルフモチベーションされることを続けていたいと思いつつも、何一つ落ち着かない日々を過ごしていた。昨年十一月にメガネが壊れたのがトリガーになって、新調したメガネの度が合わず物が全て二重に見えるようになってきた。


行きつけの病院の医師に相談すると緊急に脳のMRIと眼のCTによる精密検査が必要ということになり、検査の結果幸いどちらにも腫瘍らしきものもないということで一安心。原因は新調したメガネの度が合わずに目のストレスとなり複視となったようだ。それから三カ月、眼鏡の作り直しを3回繰返すも合わしきれず不安な日々が続いた。


人間誰しも生きるには希望が必要であり、その希望が絶望的になりつつある状態にはどうしても精神的にも不安になるようだ。この四カ月の自分がそのような状態であり情けないと考えている。自分自身では精神的に強いものを持っていると内心自負していたけれど、ここに来てこのざまは如何したものだろうか。日々の生活態度にその弱さが如実に表れ出ているのだから。


心の不安が三ヵ月も続いていただけに病気にならないようにと願っている自分がそこにいた。三月になり昔懇意にしていた別なメガネ店の店長に相談したところ一発で合わせてくれ、先日出来上がったメガネでこれまでの不安が一変した。たかがメガネといえその影響力は大きく精神的な異常をも引き起こす。あまりに自分のことだけに固執していることが恥ずかしい気持ちにもなった。

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2019年03月25日

外食産業

最近は外食することが気晴らしになった。休日など朝の食事が遅く昼飯時を過ぎた午後三時ごろに近くのサイゼリアに出掛けて家族で食事する。以前の我が家であれば外食などはもっての他であっただろうに、最近はなぜか行けるだけの余裕ができたのか、それとも外食の費用が最近のデフレで手の届く安さになって来たのだろうか。


自分の幼少のころを思うに外食などというものは殆ど考えられなかった。どちらかと言えばアンパンが食べられることが最高の幸せであったような時期で、それも年二・三回というだけのことだった。そんな生活を過ごしてきた自分には最近の食事はとても贅沢な気がしてならないけれど、それも時代の流れとともに食生活が変わってきたのだろう。


外食で最初に名前を知ったのは“すかいらーく”だっただろうか。務めていた会社の近くにあり、お客様が来たとき案内していたと記憶している。今ではそんな場所にはとても大事なお客を連れてゆけるものではないが、当時はそれがお昼の最高のおもてなしだった。それから数十年もたっただろうか。世の中も大きく様変わりして外食産業は一大産業となりあちこちにいろいろな店が見られるようになった。


世の中の変化に合わせて様変わりしてきた外食産業、今は東京に出てきたときに近所の食堂で親子丼、ニラ炒めライスそれにラーメン等を食べた頃のように近所での外食が普通の生活になってきている。当時の食事は120円程度で食べられたのが、今では1000円前後になっている。これも数十年の年月が経過した結果だろうが、外食産業はこれからも続くだろう。

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2019年03月24日

香港経由

アジア代理店会議の帰り道を香港で乗り継ぐことになった。マレーシアのコタキナバルから4時間かけて香港に飛んだ。コタキナバルではクワガタの標本を買い息子のお土産とした。香港では空港でチョコを久しぶりに買って同僚へのお土産とした。このところあまりお土産を買う機会もなかったが香港乗り継ぎで買い物が便利だった。

香港はテレサテンの歌のように何となく華やかさの中に哀愁が感じられるところである。空港においても迷路のような通路を歩きながら必要な手続きを進める。今回も二人だけの野次喜多道中というような気分である。お互いに干渉しないことが暗黙の了解なので少々気楽な出張である。香港に来たのはこれまで十回前後だろうか。

飛行機が空港に着陸するときに窓から見る景色を何にたとえたらよいのだろうか。三十階建てほどの住宅が、低い丘を背に何十棟にも並んで建てられている。それだけ敷地不足だろうが、それも現地では溶け込んで風景の一部になっている。昔よくあったことだが空港で働く人達の暮らしも良くなってあからさまなチップの要求もない。

香港の町はテレサテンの町、何となく哀愁が漂うのは夜の景色だろう。しかし、今回の旅では全くそのような感じは受けることはなかった。香港から東京までの便では香港に駐在するというイタリア人の男性が隣席だったが、香港はやはりアジアの商業の中心かも知れない。大切な通信手段である英語が比較的多く使われているためだろう。
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2019年03月23日

隣席

隣の客には恵まれていたのかいないのか。これまで数多く機内での旅で出会った中でめずらしい隣客に出くわしたのはNHKのプロフェッショナルの番組に出演した高橋氏だろうか。過去にシンガポール駐在でお互いの妻を通しての接点があったとは、後日妻への先方からの番組連絡時に初めて知らされたものである。

本日の隣席は日立自動車部品メーカでこれから南米に向かうという人であった。元商社マンで一年前に大阪から現在の会社に転職して大船に移り住んでいるという。人のよさそうな人物で人なっこい人のような気がした。スペイン語が得意で、これまで南米中心に仕事をして来たという方である。これからの長いビジネス人生を頑張ってほしい。

今回の米国出張は不況のために売上が落ちる見通しの来期計画と対策を見届ける旅だけに何となく侘しいものである。それを被い隠すように多弁になり必要もないことまで喋っていた自分。LA空港についてからは米国責任者と社内人事や力関係の話しを聞いていた。既に心はこれだけの問題を抱えてこれから進めて行かなければならないことに及んでいた。

人生の隣席は常に力強い言葉で自分を叱咤激励してくれているが、自分の心の中に弱い面が出てくるようではその言葉も無意味なものになってくる。強く反発するような気概が必要な時ではないかと考える。今回の難局対応ができれば次には明るい未来が来ると思うだけに逃げてはなるまい。我が人生の隣席は素晴らしい人々だけに期待に応えたい。
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