2019年08月21日

靴について

最近何となく気にかかりだしているのが靴である。下駄箱には何足あるか不明だが、雨の日、晴れの日、気分の優れない日、結婚式、カジュアル用と使い分けている人がいると聞いたことがある。貧乏人の自分には沢山あるわけでなく同じものを使い分けているにすぎない。その靴も何となく気分が良くなるものとそうでないものに振り分けている。おかしな話である。

今日の靴は何処でいつ買ったものかも思い出せないが、靴底も皮も薄く古くからある革靴の典型的なものである。この靴を履いて特別なわけもないが、気分転換に履く靴と決めているようである。そのほか長距離を歩くときは底の柔らかい靴もあるが何となくしっくり行かない。靴幅が広くサイズも大きめのため直ぐに脱げてしまう欠点を持ち合わせている。

気に入っている靴は西武デパートで購入した靴である。これまで24.5cmと信じきっていた足のサイズを24cmで十分であると知らしめた靴である。ぴったりとフィットする履き心地を味わっている。その靴も長らく履き続けて少々くたびれてきたこともあり新しく同様な靴を買い込んだ。未だ一度もはいていない新品の革靴である。

何となく運気について靴と絡ませようとしている自分がいる。これまでどの靴を履いたとき運がついていたかを推し量ろうとしている。勿論現実はどの靴を履いても変わるものではないのだが、あまり物事が上手く行かないときに気の弱さからついついそのような考えに陥るときがある。それにしても靴は全体重を受け止めて快適な歩行を約束してくれる。
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2019年08月20日

仕事観旧メモ

仕事については以前にも書いたことがあるけれど何と定義してよいものだろうか。確かにこの人生を経済的な面から支えてくれたことは確かである。最初は日々の食生活さえも苦しいほどの僅かの収入でスタートしたけれど、数十年後は食生活に困ることはなくなるほどのものを手にするようになった。あくまでも金銭的な側面からの見かたではあるけれど。

それとは別に動機付けという面から考えた場合はどうだろうか。長年語学の上達とそれを利用したビジネスを夢見て来たが、それが実現したのか未だに其の途中なのかわからないけれど日常の仕事として取組んでいることには間違いない。おまけに会社運営にも興味を持ち少なからず其の方面の仕事も続けているようだ。

これから先の仕事として何が待ち受けているのだろうか。自分が求めるものがどのような形で実現するのだろうか。幸せなことにこれまでの自分の人生は運に恵まれ続けている。他人と比べ多くの面で不足していた自分が今は其の他人よりも少々多くの仕事を得て楽しんでいることも運に恵まれていることではないだろうか。感謝である。

自分に何を課すかそしてそれをどれほど真剣に継続できるかが大きく成果に結びつく世界であることを知る。自分に向いた幸運も多くが求める方向にあって得られたものである。今の自分には其のことが最も大切な考えである。これまで成しえたことは他人から見ればたいしたことではないだろうが、自分にとっては過分なほど恵まれて来た。これからもしっかり前を向いて仕事に取り組む姿勢を持ち継続してゆくことが大切であろう。
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2019年08月19日

小さな出来事

十年ほど前にデジカメを又買う羽目になってしまった。息子と出掛けた新宿ヨドバシカメラでどうした訳だかお盆前ということでデジカメが一斉に安売りをしていた。以前心動かされたキャノンのモデルが半額でプロモーションしているのを見て欲しくなった。今もっているカメラが不便だという訳ではないが少々焦点ボケの写真が目立っていた。

本来の目的は電気剃刀の刃が破損したのでその部分だけを買いに行ったのだが、ついでに見るもの多く2-3時間を無駄に過ごしてしまった。お陰で病院の予約時間をとうに過ぎてしまった。この日は新宿に行く前に立ち寄った眼鏡店で眼鏡も新調したこともあり出費も多かった。ついつい予定外のこんなことが今後起きませんようにと願いたい。

日々の暮らしの中で小さな出来事だけど家族と過ごすこのようなことも幸せの一つであろう。そこに愛する家族がいて日々の生活を続けられる。いろいろな人生がある中で自分たちだけの生活をと考えるわけではないが、まずもって小さな家族さえ養えないようでは天下国家を説いたとてなんになるだろう。自分はまだまだそこまで達しえていないのでこのような日常のことで悩んだりしている。

いずれにせよ一つの小さな満足を得て次の目標に向かう前に今回入手したデジカメを活かして価値あるものを生み出したいと思う。これまで買い求めたデジカメを使ってビジネス上での話のタネを導いたし、今回もコミュニケーションを向上させ仕事での成果につながればさらにうれしいことだが、それもこれも明確な目的意識があってこそと思われるが、趣味としている多くの花の写真も撮り続けたい。
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2019年08月18日

空調考

日本中で今年も異常気象と言われて暑い夏が続いている中でのクーラーは有難い。空調の効いた部屋の中で過ごすことは実に快適な生活である。家族もクーラーのお陰でこの夏も何とか生活できる状況にあると思われる。退職後下手の横好きで始めたギター練習も家族が用事で出掛けた後では、一人で音を気にすることなく雑音を出して愉しめる幸せの時である。

最初にクーラーを購入したのは30歳前後で、あまりの暑さに我慢ならずに買ったような気がする。当時は電気代が高いということもありクーラーは贅沢品となっていた。それから数十年を経てこの光が丘を終の住み家として住みついた。多くのことは望めないがクーラのある生活で十分に満足であり、新たな望みとしては老後の生活をいかに有意義に過ごすかのほうがより関心ごととなっている。

都会に暮らす人間はそのままの環境で生活するには厳しいものがある。特に夏場は都会特有の照り返しがあり、夏の暑さはさらに暑くなり人が単独で歩きまわれる状況にはない。それほど外の温度は高く、以前と比べたらどうしようもない暑さである。クーラーは限られた空間ではあるが快適な生活を提供してくれる。人工的といわれようが人の活動には欠かせないものとなっている。

我が家のクーラも未だそれほど古いものではないので嬉しいが、温暖化と共に高くなるであろう環境温度の上昇は止められないだろうから、さらに温度が高くなった場合の対処方法を見つけておく必要がある。出来れば避暑地を見つけて仕事のない残りの人生を十分に楽しめるような環境も欲しいものである。果たして自分の後半生の生活はどうなることか。
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2019年08月17日

下宿先

前日に昔の下宿先の奥さんが亡くなられたことを偶然出かけた古い馴染みの床屋のおやじさんから聞いた。それも一年以上も行っていなかったところで、たまたまいつも行きつけの床屋が混んでいたため仕方なく出かけたつもりだったが、その時知ることになった。何か虫が知らせるという言葉あるけれど今回はそれを信じたい。

18歳で東京に出てきて最初にお世話になった家族である。米屋を営む福島出身のご夫婦で何かと貧乏生活の続く当時の自分達の面倒を見てくれた人である。ご主人は交通事故がもとで既に亡くなっておられたが、奥さんはリュウマチで引っ越し先にひっそり過ごしておられた。二度ほど新しい自宅にお伺いしたことがあったが、自分のことをしっかり覚えていただいていたことは嬉しかった。

亡くなられ通夜が明日あるという日にたまたま入った床屋に葬儀屋が先に来て世間話として床屋のおやじに告げたことが、その後行った自分に伝わったという本当に奇妙な縁である。お陰さまで次の日、セミナーの帰りに自性院で行われた通夜に出席できた。下宿していた10年近くが自分を形成する時期で毎朝語学の音読や夜学通いで遅くなる自分の生活を見守っていただいたと思っている。

たまの休日といえどもお金のない当時の自分の生活を見て小豆ご飯を食べさせていただいたりしたのを思い出す。又、テレビや机もイスも買えない自分の生活に無償で貸し与えていただいた其の気持ちが嬉しく思い出される。自分のビジネス生活の基礎を築くのに大変有難い思い出である。そんな時代との別れが、今回の奥さんの通夜であろうか。私の人生はこれらの人々のお陰様でこれまで素晴らしい人生です、ありがとうございます。
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