2015年12月01日

ロボット先生

男子生徒だけの工業高校時代あだ名を“ロボット”と名付けられている先生が私達の担任だった。口癖はいつも“正直者が損をする社会で有ってはならない” だった。それに朝のホームルームの時間にはロボットのイメージとは全く合わない愛唱歌、特にロシア民謡や日本の童謡を全員で大きな声で唄わせ思い出作りをしてくれた。

何故ロボットと言うあだ名が付いたのか確かな理由は知らないが、その歩き方や喋り方に特徴があったからではないかと今振り返って思う。歩きは北朝鮮の兵士ほど極端ではないが体が殆ど動かず手足も一定のリズムで繰り返され何となくギコチナイ様子であった。あだ名は代々先輩から引き継がれていたようである。

電機理論がご専門だったが語学を趣味として通学電車の中ではいつも読書をされていた。英国の有名な辞書“Webster's Dictionary”に解釈の間違いを見つけ、それを指摘した手紙を送り相手責任者から正式に認識して指摘に対する修正した旨と感謝状を受け取っておられ大切にされていた。その先生が就職担当で後に私が勤務することになった会社を紹介してくれたお蔭で定年退職時まで無事に勤め上げることができた。

かれこれ10年ほど前だろうか、その先生が入院され余命わずかという話をお聞きして故郷の病院にお見舞いとお礼を兼ねて出掛けた。卒業以来四十数年振りの再会をとても喜んでくれた。しかし、驚いたことには一人では起き上がることも出来ない体でこれからドイツ語を勉強したいとドイツ語の本を枕元に置き天井のテレビにはドイツ語講座が映し出されていた。
posted by Tommy at 04:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 想い出の人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする