2016年01月26日

つきについて

成功する人は“ついている人”であるという話がある。そのつきというものは何であろうか。人が生きてゆく中でよく使われることであるが誰も其の本質について明確に述べることが出来る人はいないだろう。何か良いことがあればついているというが、それが必然的かどうかわからないときにそのような言葉が発せられることはあってもなぜとまでは追求する人はいない。つきによって得た成果を楽しむことはあっても理由は必要ないのだろう。

つきという言葉は実に響きの良い言葉ではあるが意識してつきを呼び込もうとしても出来る相談ではない。何かの拍子に好ましい成果として現れるだけでどんなコントロールも出来ないものである。特別に準備するものでもなく、好ましい状態を意識している時や無の境地にあるときは比較的出てきやすく、否定的なときは出てくることがないような気もする。それほどあやふやなものがつきであると言えそうだ。
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2016年01月25日

夢膨らむか

夢を膨らませるときに自分自身で感じている不足分がある。その違いを今探している。そんなに急いでも上手く行かないことに対しては自分を知る誰かが導いているような気がする。強い希望はあっても今思うに実現していたとしてもトラブルばかりが発生してそれを未然に防ぐ力量がなかっただろうと自分ながら納得している。それが今の自分である。

勿論夢は高くてもそれに伴う実力がなければ頓挫することは明らかだ。現在其の違いが見え隠れしており、違いを見出し自分の番が廻ってきたときのために準備することの方がより大切であると思う。このところ自惚れが強くなっていたような気もする。そのため考えが浅はかで成果の出ない日々が続いていた。そろそろ目を覚ます時に来ていると思う。

夢を語れることは良いことである。それを実現できることはさらに嬉しいものである。自分の場合、遠い昔に思ったことが、現在日常的に行なわれている。それもこれも誰かの導きがあったればこそだと思っている。世の中はすごい速さで変わって来ている。それにどうやって着いて行くかは自分次第である。

日々アンテナを働かせはいってくる情報を自分なりに分析して整理してゆかなければこの流れについてゆけない。其の為には少々おどけた振る舞いでも楽しみながら外の動きに接してゆく必要がある。勿論それには投資が必要なことも理解できる。時間と金を投資して不足する知識と経験を積み知恵を出し世の中の動きについてゆかなければならない。
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2016年01月24日

ギター談義

毎月1回、半年で6回だけのNHKギター教室に通いだして2年半近くなるがどの程度上達したのだろうか自分では不明だ。

習い始めた当初、定年退職して練習時間もたっぷりでプロの講師に教えてもらうのだから3年もすれば自分の目標とするトレモロ曲も人前演奏ができるだろうと考えていた。2年半過ぎて当初の意気込みも目論見も高齢者の習い事がどんなものかという現実を数多く見聞きすることで今はなかなか口に出しにくい状況だ。ギターレッスンの後はいつものように近くの喫茶店で講師を交えたカフェ談義が2時間ほど続く。高齢者の強みで今年の目標としてトレモロ曲を一曲通して弾きたいと願い出てその可能性を聞いてみるも¶§〇±ΓΣΦΨ・・・・最近難聴も進んだのか理解出来ない言葉が発せられた。
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2016年01月23日

見事に転ぶ

東京にも雪が積もった日の朝公園入口の橋の上で足が滑り女子体操よろしく又裂きになり、今朝は昨日解けた雪が凍った下り坂で滑って転んでしまった。

高齢にも拘らず毎朝速足ウォーキングで足腰は丈夫な方ではないかと自認していたのが、今回の雪で見事に打ち砕かれてしまった。今朝滑って転んだ下り坂は通勤途中の方多い通り道で40歳代と思われる紳士から大丈夫ですかと声かけられてしまうし、我ながら久しぶりに恥ずかしい思いをしてしまった。自分では元気なつもりでも意識とは裏腹に確実に体力が下り坂に入っているのを知らされた朝だった。
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2016年01月22日

人間力

人はそれぞれ持って生まれた性格と知能がある。同じ年月を過ごしてもそれぞれの人間力には大きな違いがあり、それによる成果も大きく違ってくる。そのようなわけで人間力というものは非常に重要なものである。人はこの人間力を高めるために教育を受け経験を積み何とか社会に出てゆく。社会の中では人と交流することでさらに高める活動をする。

組織の中や社会で仕事をして行く中では対峙する相手が必ず必要でありその人たちとの交流なしには何事も進まない。ましてやその成果たるやその人の人間性に負うところが大きいといえる。それほど大切な人間性とはどうやって得るのだろうか。優秀な人と言われる人は実に優秀である。対峙していながらなぜこのように優秀なんだろうと思うことがある。今の自分は彼らと同世代にいたらとても太刀打ちできなかっただろうと考えずにはいられない。それほど優秀な人材だがこれから先の人生はそれでも不思議なもので成功だけが待っているわけではない。それが又人間であり人間ゆえの不思議さでもある。
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