2016年01月11日

プレッシャー

プレッシャーという言葉を使うようになったのは何時ごろからだろうか。それまではその言葉さえ理解していなかったと思う。

仕事で売上計画の数値が議題に上がるようになってからプレッシャーという言葉をいろいろなところで聞くようになった気がする。単に圧力という意味でしか理解してなくそれを自分自身に向けたものとして意識するようになり、かつそれを自分に叱咤激励する意味からも使うようになったようだ。今では一つの信条として自己プレッシャーをかけられない人間は伸びないなどと自分なりにわかったような気でいるのも不思議なものである。

最近特にプレッシャーが自分の周りで使われ始めて広まってきているのも事実のようだ。人はそれぞれに自分を奮い立たせるために自分自身になんらかの刺激をかけているのが通常である。それが何なのかは人それぞれにあり、これというべき共通なものはないと思う。自分の場合常に気になることがあり、それが心に残り対応しなければならないものとして常にそこにある。それがプレッシャーと名づけていることである。

わが人生にこのプレッシャーがあったことを今では感謝している。何かとのんびり育ってきた私には、神経質になるべきこともなく気にするわけでもなく単に日々の暮らしに溶け込んでいたに過ぎない。プレッシャーがあったお陰で自発的な活動としての行動につながって今日があるのではないかと思っている。
posted by Tommy at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 思考ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月10日

自分探し

人生は二度と繰り返すことは出来ない。そんな中で何かに怒りをぶっつけることが果たして良いことだろうかと疑問に思っていたころの話だ。

数年前のこと空港での待ち時間があったので文庫本を2冊買ってそのうちの一冊を読む。“怒らない”ということをテーマにした本で実に参考になった。人は受け取り方次第で怒りから避けられるという単純明確な内容でこれなら自分でも十分に対応できると思った。人生は実に短い時間である、そんな中で怒ることによる時間ロスをしたくない。そんな時間があったら大いに笑って楽しむことではないだろうかと。実に明快な答えを得たような気がした。その後の生活での自分探しに回答を得たような気分にもなった。
posted by Tommy at 04:00| Comment(6) | TrackBack(0) | 追憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月09日

果樹のドラマ

自分が食べて美味しかった果物の種を集めて我がベランダ農園に蒔くのが今年で3年目。最初の年はかなりの発芽があり驚いたものだが、2年目にはそれらが殆ど枯れてしまい、残っているのは柑橘類だけだ。異常気象が影響したのか昨年蒔いた種の発芽率は非常に低く発芽したのは片手ほどだったが、それも今は1本だけになった。人にドラマがあるように植物にもその生命をかけたドラマがあるようだ。

今年は果物を食べる機会が多くリンゴ、ナシ、葡萄、サクランボ、キーウイ、ビワ、柿、栗、桃等、それらを二つのプランタに全ての種を蒔いて春になるのを待っている。果たしてその中から幾つほどの芽が出てくるだろうか楽しみである。それにしてもスーパーで購入した果物の発芽率は極端に低く、産地直送の物でやっと1〜2割程度である。そして、来年の今頃その発芽した幼樹が枯れずに何本残っているだろうか。何となく趣味の世界でも生き残りをかけたドラマを見る思いだ。
posted by Tommy at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ベランダ農園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月08日

足温器

足温器と言えば故郷の牛小屋の二階に住んでいた頃を思い出す。畳二畳の部屋にソケット一つの裸電球がある個室だった。当時はそれが自分にとって最高の部屋であり多くのことを残してくれている思い出の部屋である。

足温器はそんな部屋での唯一の暖房であった。練炭一個を詰めたものを机の下に置き、椅子に座っている間中足を温めていたのを思い出す。それはなんともいえないほどの贅沢感であった。その足温器も一度火鉢になったこともあるが、あまりの暑さで畳が焼けてしまったこともあった。それよりも今考えるに当時の無知が命を落としかねない状況であったことが怖い。一酸化炭素中毒という最も危険な状況にあったことなのだが、隙間風の多い部屋だったお蔭で命拾いしたようだ。

その後、独身時代に知り合いの女性に贈ってもらった足温器は有難かった。自分の6畳のアパートでは最高の贈り物となり長年愛用させていただいたものである。いろいろな場所で足温器は自分の生活を支えてくれた。今は最新の技術を備えたパネルヒータが自分の部屋に足温器として置いてある。それは自分の生活がいかに足温器に支えられていたかを物語っているようである。ありがとう足温器。
posted by Tommy at 04:00| Comment(6) | TrackBack(0) | 追憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月07日

テゲテゲデヨカガ

最近故郷の言葉で“テゲテゲデヨカガ”と言う言葉を聞いて実に便利な言葉だと思った。この2年間高齢初心者がクラシックギターを習い事にして来たが、ここに来て一向に上達しないのを故郷の知人と話しているときに出て来た言葉だが実に妙を得た言い方である。

これまで使う機会がなくすっかり忘れていたが、故郷にいるころを思い浮かべると日常頻繁に使われていた言葉である。今も故郷に住んでいる知人が電話での近況話をしているなかで発した言葉であった。お互い高齢になって先が短いのだから無理せず楽しめるときにうんと楽しめるように何事も“テゲテゲデヨカガ”それに対する返事は“ジャイガジャイガ”。それでお互い全てが通じ合い納得できる言葉である。
posted by Tommy at 04:00| Comment(4) | TrackBack(0) | 余談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする