2016年02月19日

心の月は沈まない

ひょんなことから標記タイトルの本を手にした。著者は1946年群馬県富岡市で生まれ育った大島彰氏。生まれながらの盲目だが一度聴いた曲は頭の中に記憶されすぐに弾けるそうです。幼少時からたぐいまれなる音楽的才能を発揮し、電子オルガン奏者として全国で公演を行なっている。

彼が打ち立てた百時間連続演奏の記録は今もギネスブックに載っている。愛と夢をあなたへと感動のコンサートを行っている電子オルガン奏者の著者が、盲目であるがゆえの苦難、挫折を乗りこえてきた自らの生きざまや人々とのふれ合いを綴る内容の本で読む人に生きる勇気と感動を与える珠玉の一冊ある。検索で見つけた本人の演奏と経歴説明;
https://www.youtube.com/watch?v=P36M9MnjZww
http://www.asahi-net.or.jp/~nj9t-mtsm/katsudohoukoku/H19/20071117PTAtaikai/20071117kenpta.htm
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2016年02月18日

桃園の誓い

三国志を読む機会があって二十数年前に読んだことがある。その始めの頃の話の中に桃園の誓いという話が出てくる。劉備を含めた3名がそれぞれの誓いを桃の花が咲く園で行ったという話だが三名が出会ってどのような約束事をしたかという内容である。後に続く壮大な内容の前触れとして記憶に残るような導入の仕方である。

そこで語られた誓いが三国志の流れの中でしっかりと守られていることを印象付けるようになっている。それぞれが受け持つ役割も明確に記述してあり実にわかりやすい話である。
三国志の部隊になった成都にはこれまで4回ほど出掛けただろうか。そのうち2回ほど劉備元徳を祭ってある寺に行ったことがある。いずれの場合も今は観光地になっており当時の面影が残っているとは言えないが数千年も前に実在した人物伝であるだけに興味がそそられた。

他人との約束と言うものを人はどのように扱ってきているのだろうか。全く意に介さない人もあるだろうし忠実に守ってゆく人もあるだろう。しかしあまりに忠実な人は融通が利かずあまり賢くない人に多いと感じられるが、現代においていずれの対応がよいのかわからない。当時と違って価値観が急激に変化している時代、昨日と今日では全く逆の価値観に出会うかも知れないだけに複雑な気分でもある。

果たして当人である自分はどんな対応をしてきただろうか。人との約束をしっかりと守ってきたと言えるだろうか。多くのことで不利な約束は忘れていることが多いのではないだろうか、あまり価値を認めないような内容においてはそんな気がする。これまで自分から去って行った人の多くはそのような関係の人ではなかっただろうか。思い出を語るときにそのような人が浮かび上がってきたときは淋しくなるような気もする。
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2016年02月17日

二つの地位

我がギタークラブに今月から新メンバーが増えた、嬉しいことにこの方も長年ギター音色に魅せられて練習されていた。

20名以上となったギタークラブは独奏か重奏を主体にする二つのグループがありそれぞれ楽しんでいる。現在独奏グルーブではトレモロ曲に興味をもって弾けるようになりたいという仲間が増えている。これまで4名が名乗りを挙げて、それぞれが自分に合った方法で練習を開始している。但し、4名中3人は以前に一度は挑戦して弾けるようになっている人もいるが、もう少し上達したいと手を挙げられた。全くの初心者は私だけだ。そこに今月から新しくクラブに参加される方が一緒に練習を始められた。一瞬メンバーの練習の手が止まってしまった、音の粒が揃ったアルハンブラ曲の綺麗な演奏が流れ出した。その時点で師匠とファーストランナーの地位がメンバーから授与された。
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2016年02月16日

能力とは

人間の能力というものはなんだろうか。小さい自分から今日現在の自分までの長い人生の中で能力が優れているというような言葉は一度も貰ったことがない。恐らく自分には関係のない言葉であろう。何処の誰かは知らないがあの人は能力があるという言い方を聞いたことがある。少々反発にも似たような気分で聞いていたことを思い出す程度で誰だったかは未だに知る由もなし。実際知る必要もなかったようである。

能力があるといった場合いろいろなことをカバーするようで単に何かをすることだけにも使うし組織の中で高い地位を得ている人にも使うし、余興の席で皆を楽しませることが出来る人を捕まえては能力があるともいう。能力とは掴まえ所のないもので何か好まれる結果を出す人を指しているようでもある。いずれにせよ漠然としていること間違いなし。

人間なればこそこのような言葉が生まれてくるのだろう。不思議なことは世界には多くの人種がいてそれぞれに異なった言葉を使っているにも関らず意味の共通する言葉あるということである。生活環境が同じである場合は殆ど対応する言葉があるということである。そこには何かしら不思議さの残るところである。人間の出生が一つである証明かも知れない。

能力があると言われれば嬉しくなり、無いと言われれば悲しくなる人の感情も同じかもしれない。能力というのはそんなところも似ているのだろうか。人それぞれに興味の範囲も対象も異なる中で能力があるという言葉は曖昧すぎるような気がするがそれを発する人も聞くひとも曖昧さが残る。能力という言葉は特に特別に扱うものでもないだろう。
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2016年02月15日

誕生案内

昨年から続いていたローズガーデンの工事がほぼ終わり、バラの香りをテーマとしたバラ園ということですでに小さな苗木が植えられている。バラ園には柵が施されておりまだ園内には入れないが、全体のイメージ図入りのパンフレットが近くに置いてあったのでもらって来た。5月から開園予定だとする概要説明書である。

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