2016年02月14日

処世上の第一要件

<一人ひとりに天の使命があり、その天命を楽しんで生きることが、処世上の第一要件である>

退職した現在この言葉を自分に当てはめ処世上の第一要件として愉しむことにしている。大学に入学したての頃に神田の古本屋街を歩いていると店先に5円前後で販売されていた古本に“論語と算盤”というのがあった。大正五年九月弐拾五日再版となっていて表紙は布製だがかび臭かったが、何故か魅かれた本で当時は極端な貧乏学生にも関わらず自分のお金で購入した最初の古本である。その著者が上記の素敵な言葉の男爵澁澤榮一となっている。買ってはみたものの当時の難解な文章は読んでも意味が取れなく読みこなすのに苦労したことを覚えている。その古本だけは退職時の蔵書処分を免れて今も手元にある。
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2016年02月13日

カルカッシ25の2番

危なっかしい弾き方だが一応通して弾けるところまで出来たので録音してみた。トレモロ練習と平行に練習した方が相乗効果があると講師に言われて練習していたが、練習時間が分散したこともありここまで来るのに時間がかかり過ぎた。これでカルカッシ25の練習曲も4曲目となった。残り21曲、何年先になることだろう。
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2016年02月12日

大事な経験

久しぶりにこの言葉を思い出した。少し歳を取って疲れやすくなったからと言って前進することをあきらめてはいけないと思う。人はこの世に生かされている限り前進することを念頭に活動してゆく必要があるだろう。最近の自分は夢と現実のギャップの大きさと実力の伴わないところでの話で弱気になっているようである。誰もがこの経験を経た上で目的とするところに届くことを忘れていたようだ。

日々考える問題が複雑になってきたこともあり何かと考えをまとめることが難しくなっていたこともあり少々後進しかねない状況であった。これも感情的なものであり何の実体もないものである。単に考えの中で弱気な気持ちが体の疲れがトリガになって思考が寄り道を始めただけである。自分の歩く道は常に前進を念頭に置き遠くの空の星を頼りの人生行路である。それこそが自分が生かされ今を生きている条件なのだ。

日々繰り返す単調な動きが大切である。全ての偉大な仕事は単調ではあるが継続することにより一つ一つが積み重なって大きな成果にとつながる。勿論成果につながらない積み重ねでは人生を無駄に過ごすことになるだけである。今やっていることが成果につながっているかどうかは結果でしかわからないかもしれないが、それを信じて一歩一歩と日々の生活の中で歩を進めるより他にないと思っている。

夢を持つこと、希望を持つこと、何かに取り掛かること、小さな成果を喜ぶこと、人生のいかなることも楽しむこと、それを信条として生きてゆきたいと公言し始めたのは何時のことだろうか。そしてそれを目に見える形で実践し始めたのは何時のことだろうか。全てのことが50歳代の時期から始まったような気がする。それだけ自分にとって50歳代の仕事は大事な経験であり前進することを体得させてくれたところである。
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2016年02月11日

お気に入り

滅多にない早朝の光景だけに写真に収めた。お気に入りの場所で青空に浮かぶ綿雲と白い煙突が一緒に撮れた。春に向かって季節が動いているのか、気分も高揚して海辺の灯台に似て大海原をバックに未来を見通すような何かを与えてくれているようだ。
DSC_1100.JPG
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2016年02月10日

人間性

人間性について書かれた本を読んだことがある。頭脳明晰で人前でも十二分に対応できて申し分ないほどの対応のできる人であっても何となく直感的に嫌な気分になるのはなんだろうかと思っていたが、それが人間性に由来するものであると教えてくれる本である。頭脳明晰でもなく、人の対応も下手くそな自分には何があるかを考えてみるにこの人間性というものに惹かれるものがある。

人間性という定義はこれと言える具体的なものはないが、何となく引かれてその人と一緒に仕事をすることが楽しくてならないような状況にしてくれる人が人間性に優れていると言えるのではないだろうか。一緒にいることで安心感を与えてくれる人、失敗しても納得してついてゆける人、何かあったら報連相をしたくなる人といえる。

これまで多くの先輩に導かれてこれまで生きてきたが、その中で人間性に優れていた人は誰だっただろうかと振り返るときに真っ先に浮かび上がってくる人がいる。それほど優秀なわけでもなく、感情的なぶれもあったしそれほど成功した人ではない。けれど心温まる言動が記憶に残っておりあえば直ぐにでも打ち解けてゆけるものがある。

社会に出て最も多感なときにその人に出会えて大変運が良かったといえる。人間性を高め多くの人の支持を得てこそ強い力となって多くの人に慕われて夢実現に繋がると思う。そのように教えてもらったが、果たして自分の人間性はいかなるものなのだろうか。自分では知りえないところにこの人間性という力の不思議なところである。
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