2016年02月25日

時間持て余す

時として取り掛かかるべきことのない空虚な時間があることがある。それが時間を持て余すということだろう。何か大きな事を一段落させた後に次に取り掛かるべきものが見つからない時や、何かの到来を待たなければならないのを抱えている時がそうであろうか。時間を持て余すことはいずれにしろ心落ち着かない状況にある。

このところそのようなことがしばしば起こるだけに如何したものかと思わずにいられない。年齢を重ねたことで自分のやる仕事が減ってきたのか、それとも自分の必要性が低下してきたのか。あるいは自分に都合よく解釈して経験を積んだことで効率よく仕事がこなせるようになったためかそれは今知る由もなし。

体力も大きな要因ではないかと思うこともしばしばある。若いころ次々と起こる事も疲れを知らないだけに次々と手がけていた。そのような訳で時間を持て余すというような感覚は起こらなかった。それが還暦を過ぎた高齢者に特別なのか、ふと作業の合間の時間が気になるようになった。しかもそれが非常に長く感じられることである。

最近時間があればウォーキングに向けてストレッチで体調を整え、早朝は黙々と独り一時間以上歩くそんな流れが自然と形となっている。大切なことはそのような流れを習慣として身につけることではないだろうか。それがこの標題である時間を持て余すというネガティブ気分を変えることの出来る対応ではないだろうか。
posted by Tommy at 04:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 思考ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする