2016年06月15日

自助論

自助論という英国人が書いた本があることを知った。明治政府の近代化政策にあわせて英国に留学した人達が入手して持ち帰ったといわれる本である。一時その本の現代版が最近の風潮を反映して、プラス思考の原点として持てはやされていた。自分自身も何かのついでで見つけたものだが、英文と日本語訳の二種類を手に入れている。

考え方が自然に自分の頭の中に入り込むこともあるせいか、自分としては読みやすくその価値を見出している。サミエルというこの作者は150年も前にこの本を書いたというが、当時からこのような人物がいるという人間の歴史は素晴らしい。そして又当時の考え方が現在相当に進んだ文明の中でも、脈々と息づいていることも驚異であるといえる。

人生古希近くにもなってやっとのこと分かりだした自分は何であろうか、しっかりした生き方をしない限りこれからの生活も厳しいものになるような気がする。折角入手したこの本の価値を十分に認識して、その考え方をこれからの生き方の中に取り込んで行くことが必要だろう。それだけの価値のある本である。

自助論の根底に流れているのが、自分自身は自分でしか成長させることが出来ないということではないだろうか。人の手助けを当てにしていては何も出来ない、自分自身をしっかり見つめて成果の得られる習慣作りを大切にすること。そこから生まれてくるものが、自分自身を強くして飛躍することが出来るということではないだろうか。
posted by Tommy at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 思考ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月14日

公私混同疑惑

<<信用は鏡のガラスのようなものである、一度ひびがはいったら元には戻らない。>>
この言葉の意味するようなことが、雨の日の月曜日に東京都の舛添知事の公私混同疑惑をめぐり都議会総務委集中審議で民放各局が競って生中継を行っている。

公私混同が指摘され疑惑として取り上げられている中で本人は懸命に謝罪を繰り返しておられるようだ。しかし、謝罪の基本は本当に申し訳ないと思っているかが、伝わるかどうかであろうと思う。今のところ都民の90%近くが伝わっていないということらしい。必死で働き稼いだなかから税金を納めている多くの人々のことを思いやり公費についての疑惑を反省すれば心から申し訳ないという気持ちが伝わるだろうと思うが、いまのところ世論の反応をみれば実際はそうなっていないのは明らかだ。皮肉なことにお互いの間にひびが入ってしまったようで、なんとか逃れたいという思いがとても強く伝わって来ているようである。
posted by Tommy at 04:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 素敵な言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月13日

農園風景

今が盛りの我がベランダ農園の風景である。狭い場所に多くの鉢とプランターを置いているので足の踏み場もなく、これ以上のスペース確保が難しい。しかし、大半が種から育った果樹や故郷から取り寄せた思い出の植物である。この一カ月あまりに若葉が一杯に広がり一番勢いのある時である。それに毎朝の水やりに6リットルもの如雨露を一杯にして運ぶのもこの頃の欠かせない日課である。しかし家族から見ると水を運ぶ姿は危なっかしいらしい。
DSC_1236.JPG
posted by Tommy at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ベランダ農園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月12日

気配り

良く言われることで気配りのできるひと、出来ない人という言い方があるがどのように受け止めて理解したらよいのだろうか。確かに気配りの良い人というのは組織においても高地位を得ている人が多い。それに対して地位の低い人の中には気配りの出来ない人とレッテルを張られている人が比較的多い。ではその気配りとはどんなものだろうか。

物事の先を見越して対処しておくこと、相手の立場に立って相手が望んでいることを思い遣って行動することに尽きると思うのだ。具体的には外周りの人が帰社したときに直ぐにお茶を出してあげるとか電話中にメモを必要とするような場合に横からペンとメモを渡してあげるとか相手から要求がある前にその所作をみて言われる前に手伝ってあげること。

この歳になりやっと気配りが人生の成功要因であると確信するに至る。どの一つを取っても成果が生まれるためには人との繋がりが大切であり、その繋がりを支えているのが気配りのような気がする。所詮人間は感情を持った動物なためその感情の感度を高めることが重要であると言わざるを得まい。気配り、それが最大の力となって人の感情までも支配するのだ。
posted by Tommy at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 思考ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月11日

ゆっくり進む

<<止まりさえしなければ、どんなにゆっくりでも進めばよい>>
このところギター練習で大きな壁にぶつかってしまったようで、基礎練習のアルペジオも以前弾けたはずの練習曲も弾けない状況に陥っている中でこの言葉に励まされている。

右手親指の悪癖を治さないと目標とする曲が弾けないだろうという講師の言葉で改造に取り組んで2年近くになり、やっとの思いで改造したのだが結果は親指の不安定という状況に陥り親指のコントロールが出来なくなっている。そのためかアルペジオもこれまで弾いていた曲までが全く弾けなくなるという情けない状況になってしまった。そんな中でもギターの音色が好きだということ、それに練習を続けていればいつかは好きな曲が弾けるようになるという夢を与えてくれる孔子のこの言葉を大切にして行きたい。

孔子は紀元前551年に魯国、現在の山東省曲阜市に生まれる。幼くして父を失い、家計を支えるために多くの仕事に従事しながら礼学を修める。紀元前534年、19歳のときに結婚し、その後、魯に使える。36歳のときに内乱により君主が斉へ国外追放され、孔子もあとを追って斉に亡命。紀元前484年、69歳のときに亡命・遊説の旅を経て魯に帰国。帰国後は、詩書など古典研究の整理を行い、紀元前479年、74歳で死去。孔子の教えは、弟子の手によって『論語』にまとめられる。孔子には、3,500人の弟子がおり、その死後、孟子(性善説)、荀子(性悪説)などの後継者を出した。
posted by Tommy at 04:00| Comment(6) | TrackBack(0) | 素敵な言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする