2016年07月26日

喜びは特効薬

喜びは、しばしば身体全体に新しい生気をもたらして、その自己活動を刺激しうる特効薬である。

しかし、人々は言う「喜びは確かに良いものだ、しかし我々の手には入らない」と。我々はそういう人々に向って喜びは非常に簡単な方法によって、ある程度まで得られるものだと言いたい。まず、第一に良いものに目を向けて、それを自分が持っていることを感謝し承認することである。感謝は喜ばしさと極めて近い感情なのだ。<ヒルティの言葉より>
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2016年07月25日

講師指摘

月1回のNHKギター教室の講師に最近の調子を相談してみた。先ずは親指が安定しないことについては右手の指が寝ているのが原因ではないか。親指を含む四本の指が弾く時に第二関節で曲がってしまって親指に無理がかかっているのでこれらを常に第三関節軸に弾く癖をつけること。右手の指は四本とも十分に立てて振り子の様に脱力して弾く練習を行うこと。

その次に指摘されたのが、演奏が単調で音楽性に乏しいので音の強弱をはっきりさせメロディを歌わせなければいけない。加齢で気短になった私の性格を考慮して直ぐには修正できないのでゆっくりと一日1ミリ良くしてゆけば必ず良くなると慰められる。
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2016年07月24日

セミの合唱

早朝のいつもの公園で突如今朝からセミの合唱が聞こえるようになった。これまでは難聴の耳に年中巣を食っている耳鳴りのために同じような音はかき消されていて特に気付かなかったが、今朝は二種類の鳴き声でセミが鳴いているのに気づかされた。

アブラゼミは耳鳴りと同じ鳴き声のためいつ頃から鳴き始めたか定かではないが、ミンミンゼミはその独特のミーンミンミンミンと繰り返す鳴き声で違いがはっきりして解り易い。今朝聞いたのが今年最初のミンミンゼミの鳴き声で一匹だけだったが、単調な鳴き声のアブラゼミの中で際立って聞こえていた。
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2016年07月23日

考えるとは

考えるということは人間の特権だろうか。良く考える人ほど頭脳明晰であることが知られている。良く考えてそのシナリオ作りが解りやすくすることで多くの賛同者を得ることが出来る。そこに悪意やエゴや自惚れがない限り描かれたシナリオは実践への協力者も得ることができる。そしてそれが成果となってこの世で評価されることになる。

人間の行動の全ての始まりは思考と言うことからで、その思考方法についてじっくり考える必要があろう。これまでどちらかと言えば誰かの思考の結果を利用したり真似たりして何となく成果らしいものを得てきた感がする。自分のものでない思考は何かと不安も後ろめたさもあり満足できるものではない。それをどう変えて行けるだろうか。

学校で学ぶことは全てが先人の残したものである。それを一つ一つなぞることで同じ理解をしながら習得してゆくものである。そこに一つのルールが生まれると同時に思考のルールも生まれてくるのだろう。日常生活における思考、考え方はほぼ殆どの人が同じような考え方に及んでいる。これは明らかにルール化した思考であるといえる。

今日目指さなければならないのは明らかにそれとは異なるものである。これまで人生を無難に過ごしてきた者としてはより高い成果を出すためのシナリオ、考え方が必要であるといえる。果たして当人にそれだけの頭脳があるかどうか、運が味方してくれるか、人が付いて来てくれるかどうか。多くのことをクリアして行かなければならないと思っている。
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2016年07月22日

せつさんの話その3

せつさんのことを兄がポツリといった。
せつさんは長いあいだ悔いていたのだろう。
せつさんは死産を見つけて責めたらしい。
せつさんの嫁の相手はアルバイト先の現場監督。
せつさんの嫁の人付き合いが仇になったようだ。
せつさんと嫁の仲がどうだったのか。
せつさんの嫁は除草剤で服毒自殺した。
せつさんの嫁の日本脳炎の真実だった。

せつさんが縊れて死んだ話は人づてに聞いた。
せつさんは前日近所に挨拶してまわったという。
せつさんは頭の中で繰り返し考え続けた後の結論だろう。
せつさんの孫娘が巣立った後の出来事だった。
せつさんの覚悟の死だった。
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