2016年07月02日

未来に思う

時代の流れは加速度的に速くなっているけれど個人の未来がどのようになるか誰もわからない。世の中の大きな流れは見えても個人の将来がどうなるかは見通せない。個の存在は世の中の流れの中においては烏合の衆の中の一羽と同様、個々の人間がどうなるかはわからない。そんな不安定な人間が世界の動きを変えてきているのも事実である。

人は皆未来志向を持って希望を追い求めているけれど、現実には個々にその成果は違って現れる。それをどのように受け止めて行くのか当人にしかわからないことではあるが、思ったようにはならないもどかしさを感じていることだろう。しかしながら、全体の流れは未来志向に沿ったように流れているのも事実である。

人々の多くは個人の夢実現を求めて懸命に取組んでいる。特に時代の流れが激しい現代において心のよりどころを何処においているのだろうか。良く試されるのは過去の栄光に満ちた歴史を取り戻すことである。しかし、過去の栄光は過去の出来事であり現代においては一つの歴史の流れをかたちづくっているに過ぎない。

未来を未来をと言いながら将来の明るさを求めているのかも知れないが、個人個人は果たしてどんなことを望んでいるのだろうか。明確な回答をもてないことを身近に感じられず常に未来を夢見ることになるのだろうか。人生の時間が限られてきている中で何を持って生きがいとしてゆけるのだろうか。
posted by Tommy at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 思考ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする