2016年08月25日

出身地

人の出身地と言うものは良く話題に登るところである。又、同郷の好ということで難しい話もまとまるケースが多いのが事実である。人は皆淋しい気持ちを持った人間かも知れない。その寂しさを同じ出身地の者同士では理解できると勝手に思い込んで心の窓を開いているのかもしれない。いずれにせよ同郷の人間同士では直ぐに話が弾む事実がある。

この東京という色々な地方から人が集まって大都会となった所にも、同郷の集まりが至る所に出来上がっている。それぞれの集まりは仲間意識が強く、同じ思い出や経験を積んできていることから、それらが共通認識となりお互いを良く知ったような気分になっている。人は誰もが仲間を得ることで安心を得ようとするように群れあうのかもしれない。

初対面の人には必ずと言っても良いほどにご出身はという問い掛けがある。それがさらに続きどちらの地域でありますかとなり、何々をご存知ですかとなる頃には既に仲間意識が出来上がってきているようなものである。それが一つの儀式のようなものであり、その時の返事次第では相手の記憶の中に映し出されて今後の対応が決まってくる。

出身地の大切さはこの人間社会に所属する以上どうしても発生するものだろう。出身というものの定義も国、県、町、村等の枠組のレベルがある。それぞれのレベルで人の繋がりの程度も変わってくるだろうが、大切なことは同じ出身というお互いの認識が生まれることである。それが出身というものを強い絆として結びつけることになる。
posted by Tommy at 04:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 思考ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする