2017年02月03日

時計考

自分にとって時計とは何であろうか。勿論日々の時を知らせてくれるものであり、時間の経過を知らせてくれるものであり、場合によっては事の始まりを教えてくれるものでもある。日常の生活の中においては、既になくてはならないものの一つになっていることは間違いない。そこで、自分にとって時計とはなんだろうかと考えて見たい。

一日が24時間という考え方について、誰が何時決めたことなのだろうか。地球の自転からその時間が決まったのだろうと思うが、中々面白いものである。これが10時間或いは20時間でも良かったのではないだろうか、半端な数字の24時間とは面白い、年間の日数も地球の中途半端な回り方で365日になったり366日になったりしている。

人生も長いとか短いと言っているようだが、何を基準に言えたことだろうか。以前読んだ雑誌か何かで体の大きさで時間も変わるという話があった。たとえば像のように体の大きいものは時間がゆったり流れて、体の小さなネズミなどは時間が非常に速く流れているという。そのために寿命も像が長くてネズミが短いという。実に単純な話ではあるが、同様な話を、長さや大きさの比較についても聞いたことがある。

人間は、宇宙のような大きさからビールスほどの小さなものまで、その大きさを知ることが出来るという。なぜならば人間は大きさという点からは、両者の中間点にいるからだという。果たして時間についてはどうだろうか、人間の感じる感覚からして、最も長い時間から最も短い時間の中間に位置したものが、時計になるのだろうか。
posted by Tommy at 04:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 思考ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする