2017年02月13日

ガウンと共に

結婚のお祝いとして義母に頂いたお金で、新宿伊勢丹にて買い求めたガウンを長年重宝してきた。買い求めたころは自分に合っているかどうかも考えないで、単にガウンが欲しかっただけで買ったこともあり、少々大きめで袖口を折って着ていた。それでも家で過ごす自分の一番充実した時間帯、早朝の読書の時には欠かせないもので、三十年以上の長い年月を共に過ごした。

この長い年月を特別に意識して着ていたわけではないが、何かと気にかけてくれる義母の気持ちがうれしくてなんとなく着ていたのが正直なところである。自分も年齢を重ねたが義母も後期高齢者となっているので、これから先はあまり無理をせず、自分の実母の分までもっともっと長生きしてもらいたいものである。

人生もこの年になると、未来も諦めも見えてくるようになるらしい。これまであくせくと働いてきた自分も、いつの間にか過ぎた人生を振り返るようになるのが多くなってきた。見るのが好きなマラソンでも、先頭集団を走り続けた人が遅れだすと後ろを振り返ることが多くなるという。そうなった時は、既に先頭に立つことを諦めているとのこと。

誰もがそうなのかもしれないが、思い続けたことが実現しないとみると自分のこれまでの人生を振り返るという。これも又事実のようである。これまで一緒に歩いたガウンになんとなく愛着を感じている。長年にわたる会社勤務と共に過ごしたガウンは色々な思い出が詰まったものとなっている。このままガウンとともに、静かに過ごす人生になるのか、或いは新たな生き方にチャレンジするのか。
posted by Tommy at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 追憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする