2017年03月21日

一番桜は孫桜

そろそろ開花の時期とこの一週間、早朝ウォーキング時に目を凝らして桜並木を見ながら歩いていたが、つぼみが膨れ始めたばかりの桜はもう少し待って下さいと言わんばかりで開花は見当たらなかった。ところが、今朝は桜並木の一本に何か白いものがと近づくと根元に雑草と共に二輪ほど今年最初の桜の花を見つけた。孫桜なのか陽当りの良い老齢桜の根元から芽が出た枝に小さく咲いていた。何か時代の移り変わりを感じさせる一番桜だった。
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2017年03月20日

観戦考

滅多にサッカーを見ることのない自分なのだが、故郷の代表が決勝に残ったということで応援を兼ねてみることにした。又、ずば抜けた高校男児がいるということも事前のニュースで話題になっていることもあり楽しみにしていた。残念ながら試合は逆転で負けてしまったが、久しぶりに胸の高鳴りを味わうことになった。

自分の人生が重なるわけでもないが、気分的にはそんな気持ちで見ていたようだ。実に歯がゆいことだが現実の世界も同様な状況がつづいている。今ここで逃げ出すわけには行かないが、今年は今日のサッカーみたいな展開があることだろう。一つとれば相手は二つと常に先を進む相手に焦りにも似る気持ちで向かっている。こんな時確実に勝てる人間がいたとすると本物だろう。

これまでサッカーなどやったことのない自分が勝敗に夢中になっている。それは何を意味するのだろうか。今抱えている問題が思うように進まないだけに心配な気持ちの裏返しだろうか。その様な状況の中で自分の未来を占うような気持ちで見ていたと言える。果たして自分の思いは何処にあるのだろうか。

サッカーの試合を見ながら何となく祈るような応援を続けている自分を知る。不思議なものである。人の気持ちは自然と表にでてくるものである。今年から来年、来年から再来年といつまで自分の気持ちを偽らずに続けて行けるだろうか。昔の人に何となく感じたような苛立ちを今の若い人に与えていないだろうか。サッカー観戦後に独りになってこのメモを作成している時に感じていた。
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2017年03月19日

立ち止まって考える

最近ワイドショー番組が賑わっていてテレビを見ても退屈することがない。国内だけでなく海外の話題も次から次に提供してくれるので居ながらにして世界旅行をしているような気分である。

しかしこのところ世の中は少し過激な発言と非難合戦もあり少々不安が募るような気がする。話題が話題だけにあまり後味が良くないのもありスッキリしない。同様なことが昔もあったのだろうか、我が心の師ヒルティは次のような考えさせられる言葉でアドバイスをしてくれていた。単に興味本位ではなく立ち止まって考える必要があるのかもしれない。

<<何ごとも平然ととれ。ただし、不正と罪はこの限りではない。これは平然と受取ってはならない。世人はたいがいこの逆をいっている。 ヒルティの言葉より>>
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2017年03月18日

交渉事

我が人生の中でどれくらい交渉の席についただろうか。現役時代の仕事柄今でも夢に出てくることがある。それらの一つ一つが、今は走馬灯のように思い出となって記憶の中でぐるぐる回っている。果たして自分が出した結論が時を隔てた今になってどのような結果を生み出しているだろうか。成果となって現れているのだろうか、又、誰がその評価をするのだろうか。一人になって振り返って見て満足行くものであってほしい。

当時は交渉ごとはすべて相手があって成り立つものであるだけに、相手に対しても公平な対応を考えて上げることが重要だと考えていた。ビジネスの世界にはWin/Winという言葉かあるけれど、お互いがなんらかの利益を得られると思える対応が大切ではないかと思う。そのことが、交渉においては最も大切で気にかけなければならないことだろう。それがこれまでの交渉事で少しでも実現していることを願っている。
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2017年03月17日

何とも言えない感覚

先日親指の矯正練習を進めている中で何とも言えない感覚を覚えた。

親指の第二関節の周りで一瞬何か暖かいものが沸き起こったような感じがした。それがどうしたというわけでもないが、自分の親指が手の内側に入る癖は局在性ジストニアではないかと言う疑いを持って色々調べていた時期がある。

ジストニアを克服したという人の経験談で、ジストニアが治る過程で上記のような何とも言えない感覚を覚えたというような事を書かれていたのを読んだことがある。それが頭のどこかに残っていたようでついついこんな事を考えてしまった。

果たしてこの感覚がそうであればこれ以降急速に親指の問題は解決して行くはずである。それはこれまでのような数年にもわたるものでなく数カ月程度で完治するはずである。そのことを確認するためにメモとしてここに残す。
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