2017年03月11日

観客が増える

遅々として進歩しないギター練習を黙して語らず静かに見守りながら聴いてくれる人達がいる。しかも、その人数が少しずつ増えて来て練習の始まりには少々緊張するようになった。カラフルな衣を着て祈りの姿勢で退屈であろうと思うが黙って聴いてくれる、これほど有難いことはない。お蔭で未だに夢を捨てずに続けていられる。
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2017年03月10日

富士の雪化粧

季節がぶり返したような寒い朝、雪化粧の富士を写真に残そうと思った。ベランダの窓を開けた途端、冷凍室のドアを開いたように冷たい空気が全身を覆い、いっきに寒さが身に染みる。この季節三寒四温とは良く言い表したもので、少し暖かくなって春がそこに来ていると思った途端に真冬に逆戻りである。
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2017年03月09日

二度目のウルウル

早朝ウォーキングの時NHKラジオ番組を聴きながら歩くのを日課としていると、朝の番組の中で今日は何の日というコーナがある。三月八日は“ハチ公の日”、理由は渋谷駅前の有名な待合わせ場所でもある犬の銅像“忠犬ハチ公”が亡くなった日だとのこと。最近米国でも有名な俳優によるリメイク映画も見たが、高齢者の目にはウルウルするような話である。

その”ハチ公の日”の話を聞いた直後、いつもの公園内の道を通ると久し振りにパンダ猫が道路わきに座り込んでいるのを見つけたが、そのまま邪魔することなく通り過ごした。暫くして前方から高齢の方が乗ってこられた自転車をよけながら、ふとよく見かける特徴ある自転車だったなと振り返るとパンダ猫がその自転車に向って嬉しそうに歩き出していた。

いつもの時間に同じ自転車が道路わきに止めてあるのを毎朝見かけていたのを思い出した。同時にパンダ猫とその高齢者とがつながって来た。いつもの場所に自転車を止め近寄って来たパンダ猫を抱きかかえて、そのまま公園の森のなかへ入って行かれた。そうだったのか道路わきに自転車だけがあるときは森の中で楽しく過ごしている時間なのだ。

公園の中には何匹かの猫が住み着いているが、時たま公園で座り込んでいたパンダ猫は、毎朝道路脇で自転車に乗って通われる高齢者を待ち続けているのだと知る。その後一緒になって過ごすのを楽しみにしているのだ。たまたま“ハチ公の日”の出来事だったが、何となくパンダ猫と独り身の高齢者のイメージがハチ公物語に重なり二度目のウルウルになった。この日の朝は零度、寒い朝だったが晴天になり陽の光が差して来た。
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2017年03月08日

親指で気付き

ギターの基礎練習をしている時にアポヤンドでアルペジオを弾いていて気が付いたのだが親指で弾くときに弦に爪が全く触れていないこと、そして親指そのものが全くコントロールされずにいることに気が付いた。以前から親指がふらふらしていることには気が付いてどの様に直すか色々弾き方を変えて練習したがこれまで効果はなかった。

今日は親指の爪の左側を削る必要があり、削っているうちに親指は他の指とは違った弾き方をしていることに気付いた。他の指は爪と腹の間でプラッギングしてから爪で弾いているが、親指は横腹で弾いて爪を全く使っていない。これは親指で弾く時に内側に指を曲げていることによるものであることに気が付いた。あまりに遅すぎる気付きである。

思い切って今回親指を逆に反らして弾くことにして、弦を親指の爪の左側面と横腹の処にプラッキングして指をそらしたまま爪で弾いてみた。見事である親指が安定してくるような気がした。この形で練習を積むことでより親指のコントロールも可能となり、何よりも低音に強さが加わってくるので、メロディが安定してくるし音楽性もでてくる。
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2017年03月07日

給料日の思い出

社会に出て会社から給料をもらうことになったが、その仕組みさえ満足に理解していなかったような気がする。それほど自分は無知な世界に生きていたような気もするが、今ではそれも人生の通り道であったような気がする。人は働き金を得てその金で何かを得るというサイクルを繰り返しているのだろうとその仕組みを漠然に思っているだけだった。

当時月末の25日と言うのが給料日だったことを思い出す。月末になるとお金がなくなり淋しいものであった、しかし、25日は特別な日で現金で貰っていたのが嬉しくてたまらなかった。初任給1万7千5百円という時代に手取りが半分程度ではなかっただろうか。税金その他の天引きの後、下宿代の3千5百円それに会社での三食分の食事代が消えて受け取る金額が数千円だったように思う。確かに今ではどうにもならない金額ではあるが、当時はそれで独り身の生活を支えていたことを思えば贅沢なものであった。

その後、給料は銀行振り込みとなって自分の手に残らないこともあり、給料日がその後特別にならなくなってしまったが、その響きだけは嬉しいものである。退職した現在、給料日はなく何日だったのかも分からない。最近では格差社会とも言われているようだが、それも仕組みの中に隠された理由があるのだろう。
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