2017年03月05日

有難う足温器

足温器と言えば故郷の牛小屋の二階に住んでいた頃を思い出す。ベニアで仕切りをつけただけの部屋を勉強部屋と呼び、手製の孟宗竹のベッドと長年使い古した食卓に足をつけた机とそれにこれも自作のイスを持ち込み畳二畳の勉強部屋が出来上がった。其処にはソケット一つの裸電球と古い真空管式のラジオのある個室の出来上がりだった。当時それは自分にとって最高の部屋であり多くのことを残してくれている思い出の部屋である。

高校時代の多感な時に過ごした部屋には、今は不思議にも思える海外の有名な場所を写した写真が貼ってある。そのどれもが将来自分が訪問することになる場所とは当時思いもしなかったのに今それが実現してみて初めてその不思議さを思う。憧れにも似た思いを伝えきれずに過ごした当時の思いもそのまま残っており懐かしく思えてならなかった。

足温器はそんな部屋での唯一の暖房であった。練炭一個を詰めたものを机の下に置き座っている間中足を温めていたのを思い出す。それはなんともいえないほどの贅沢感であった。お陰で勉強もはかどり高校時代の成績はそれほど悪いものではなかった。その足温器も一度火鉢に換わったこともあるがあまりの熱さで畳が焼けてしまったこともあった。それよりも今考えるに当時の無知が命を落としかねない状況であったことが怖い。一酸化炭素中毒という最も危険な状況にあったことなのだが。

その後、独身時代に贈ってもらった足温器は有難かった。自分の部屋に、中野の6畳アパートでは最高の贈り物となり長年愛用させていただいた。いろいろな場所で足温器は自分の生活を支えてくれた。今は最新の技術を備えたパネルヒータが自分の部屋に足温器として働いている。それが自分の生活はいかに足温器を必要とし、足温器なしでは成り立たないかを物語っているようである。ありがとう足温器。
posted by Tommy at 04:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 追憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする