2017年04月15日

時代の流れ

時代の流れを感じるようになった。自分の考えと違う意見が出てくるようになりその対応を考えなければならないときに、特にそのことを感じる。これまでの価値観と大きく違った判断が必要になってくる。それに伴い成果も違った形で評価される必要に迫られる。時代の流れは急激に変化することはないが確実に変化してきていることも事実である。

変化ということになればこれもまたその速さに違いがある。生物を基本とする時代の流れはそれぞれの交流の仕方があり、その交流の速度により変化の速さが異なってくる。特別に遅いものは淘汰されて、適度な速度を維持できたものは生きながらえている。さらにそれが早い手段に置き換えられてくれば又それに応じて淘汰されてくるものも増えてくる。

現代社会は人間が主導権を持っているように新たな通信手段を次々と開発して勢力を広げてきているが、その裏には人間もかなわぬ形で変化を遂げつつあるものもある。既に予測されているビールス等は数あるなかでも直接的に人類を滅ぼすだけの力がある。あるいは人間そのものの中に存在する疑惑という概念が大きく影響して破壊活動につながることもある。それが今確実に可能になる時代だけに更なる交流が必要だろう。

特にわれわれ人類は知的生物といわれるだけに自らの思考で自らの未来を形作ることが可能なため多くの恩恵も受けるが破滅的なことも行うものである。それが証拠に幾多にわたる争いや戦争でその尊い命を失っているのが史実である。これほどおかしなことを繰り返す生物も珍しいことではあるがそれが我が人類である。
posted by Tommy at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 思考ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする