2017年05月31日

小さな気分転換

快晴の東京、早朝からの人出も多くいつもの時間のこれまでとは比較にならないほど多くの人がジョギングやウォーキングを楽しんでおられる。こんな日は自然と気分も高揚し、なんでもやれそうという前向きの気持ちになって一寸した気分転換をしたくなる。

そこで今日はいつものウォーキング・ルートを変えて歩いてみた。公園内の道路も様子が変っていつの間にか大きな緑のトンネルの中を歩いている錯覚さえ覚えた。花見で賑わった桜並木の桜の樹も緑濃く堂々としたものである。春先に枝一杯に花を咲かせて我々を楽しませてくれた同じ枝が、今は小さなサクランボの赤や黒の実をつけて今度は鳥たちの憩いの場に変わっている。

公園の森に住む鷹やカワセミはカメラマンには人気の的らしく、何時現れるか分からないい気まぐれな鳥たちの現れそうな場所には望遠付のカメラが向けられ持参の椅子に座りじっくりと待ちの姿勢で撮っておられる。そんな一日の始まりが快晴の公園状況だ。
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2017年05月30日

和やかな生活

人は皆その未来像に夢を持つとよく言われることだが、大金持ちになるというような内容の本が一時的に話題の中心となってよく売れていた。当時からお金とは無縁で大金持ちになるのが自分の夢ではないと粋がっていた。しかし、そこに書かれた内容がプラス思考になっているという面では面白く思っていた。

定年退職し高齢者としての現在の生活は大金持ちとは依然として縁遠いものだが楽しいものでもある。十分に必要な時間がありその時間も楽しんでいる。人それぞれに価値を見出しているだろうが、自分には今の時間配分に大変満足している。和やかな生活と自分の趣味を生かせる時間があって素晴らしいといわざるを得まい。

夢実現のためにはそれぞれ実行計画が必要であろう。単に夢を見ることだけでは何も成果を生まないことも事実であるが、全ては夢を見ることから開始する。それは非常に小さな和やかな生活を過ごすことかもしれないが、遠慮せずしっかりと自分の頭の中に植えつけることであろう。実際問題そのことの出来るかどうかが、夢実現に関係するのだと思う。

ここに来て回りのマスコミから不安を煽り立てているようなニュースも流されているが、実際それほど深刻なことなのだろうかと考えている。人は常にオーバーに考えて逆に振り回されているのが現実ではないだろうか。それを避けるためにはじっくりと自分の身の回りの変化を見直してみる必要もあるのではないだろうか。
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2017年05月29日

言葉の理解

<<しょっちゅう自分自身のことにかかずらい、自分の事だけを考えるようなことがなくなって始めて、人間は精神の自由を得、自分の精神的能力のうちにあるいろんな力を十分につかえるようになる。ヒルティの言葉より>>

入手した当初この言葉を読んでもその意味するのが全く解らなかった。振り返って考えると若い頃は自己中心的な考えが強く、自分の将来像だけを懸命に考えて夢見たいた頃だったような気がする。しかし、それでいて何か成果が生まれていたのかと問うと悩みだけが増えて行ったような気がする。この年齢になりあらためて同じ言葉を読み直して分かることは、心身の発育盛りにある若い人にとっては、上記の言葉の意味を理解することの困難さが感じられるようになったことだろうか。
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2017年05月28日

老人とパンダ猫

先日、久し振りの雨の中を傘片手にウォーキングしていて気になったことがある。このブログにも何回か登場した公園に住み続けているパンダ猫の様子である。自転車に乗って毎朝食料を届けておられた高齢の男性が体調不良なのか時々休まれている様子。

そんな訳でバンダ猫が道路の端で座り込んでいる日が目立つようになった。これまではパンダ猫が高齢者の方が自転車を止める場所まで出て来て待つことは殆どなかったことだったのでどうしたのかと思っていた。

先日のこと全く別な自転車が同じ場所に置いてあったので、パンダ猫は高齢者に会えたのかなと思っていた。ところが、いつもの森の中の場所を覗くと全くの別人で同じく高齢者の女性の方が傘を片手にパンダ猫の面倒を見ておられた。
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2017年05月27日

静かな日常

このところ静かな日常生活を送っている。特に休日の過ごし方が若いころの自分と大きく変わってきているようだ。何もかもが新鮮で夢も希望もとてつもなく大きかったころは、いろいろなことに興味を持ち何とかそれらを手に入れたいと願ったものだ。若いころは山歩きも知識欲も強く、なけなしの給料と有り余る時間をそれらに投資したものだ。

それから40年以上も過ぎた今は、どうしたものか知識欲も大幅に縮小し老後に向けた対策へと興味が移ってきている。それはギターであり折り紙であり読書でありと、何も苦になるほどの努力を必要とせず進歩もしないことに時間と金を費やしている。引籠りという言葉があるが、それが最近の日々の過ごし方である。

趣味の一つとしていた折り紙だが、最近折ることが少なくなった。折り紙は十数年飽きずに続けられて趣味の一つになっていた。機内で折った折り紙をCAが大げさに喜んでくれたこともありいつの間にか続けられたようだ。おだてに弱い自分を証明しているようで情けない。それにして今後静かな日常とどう向き合って行くかだ。

以前電話で話した兄が現役時代を懐かしがっていたが、真実の言葉かもしれない。日常生活を今のようにのんびりと過ごしているのもこの数年かもしれない。緊張の無い生活が如何に退屈で老化を加速するものであるか何度も見聞きした。現役時代は、のんびりと過ごす今の自分を夢みて早くリタイアしたいと口では言っていたが現実的ではない。
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