2017年07月02日

心情

心もとないのが人間の心情である。何かと他人との関係で大きく揺れ動くのが表に出てくるものである。それが好意的な関係である場合は全てがスムーズに進み合意に至る道も短く早いものになる。反面何かが間にある場合は感情の動きが邪魔をして会話にも刺々しいものが現れて結論に至る道も長くなる。それが心情に基づくことであるといえる。

これまで自分が進めてきたことを別な角度から違ったデータとして出してくるのを見るにつけ心情的な違和感を覚えるときがある。現実的な面ではそれが及ぼすものが何もなくても、そう感じるところが心情的であるといわざるを得まい。人はそれぞれが自分の考えで事を進められることを良しとするものである。そのこと自体を否定するわけではないが、それも一言で心情的であることが邪魔をするのだろう。

人間には喜怒哀楽が誰にでもあるという。 怒り、喜び、楽しみそして哀しみと言うものは時と場所、環境と状況を得て独自のものを表にだすものである。人と会うたびにそれらを個々人から学び取ってゆかなければならない。人それぞれに特徴ある組合せでこれまで使い分けられてきた。それが人それぞれの個性であり人格につながっているのである。

よく言われることに心情を吐露するという言葉がある。何か大きなイヴェントを前にして心躍る気持ちとは裏腹に結果が不満足な場合であれば、人間はより保守的になり表には出てこない。それを称して心情的に何かをしたくないといっているのかもしれない。いずれにしろそのような心情を持つ人の集まりが、この社会を構成しているのも面白い。
posted by Tommy at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ギター日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする