2017年07月31日

贅沢な想い出

ある人より心に残る話を伺った。同じ故郷の同級生との思い出である。両方の親が故郷で医者をしていたという関係で、お互い仲良く付き合っていたとのこと。故郷を後に社会に出てから数年たってその同級生から結婚しますと連絡が届いた。それ以来しばらくお互いの連絡が途絶えていたが、三十年振りの同窓会で再会して近況を語り合ったが、そのとき初めて相手の口からどうして結婚してくれなかったのかと想いを伝えられたとのこと。

それから2−3年してその同級生は乳癌を患われてあちこちの病院を回られたが、最終的には自分の死に場所として神戸の病院を選ばれたとのこと。それまでは自分の身辺整理とともに、絵皿制作を続けられていたとのこと。病院で亡くなる一週間前に友人という人から連絡が入り、死ぬ前にもう一度会いたいとのことで神戸まで会いに行かれた。そのとき形見として自作の大きな絵皿をいただいたとのこと。

死を前にして自分の人生を振り返り想いを叶えられなかったことが、大きな心残りとなっていたのだろうか。それにしても青春の思い出をいつまでも持ち続けた方の想いが乳癌による死を前に行動に移された感動をよぶ話である。その想いの対象となられた人の心の中は複雑な気持ちでもあろうと思われる。当時を振り返り結婚の対象とは考えていなかったとのことで、相手の思いをどのように受け取って良いのかきっと戸惑われたことだろう。

残念なことに我が人生にはそのようなことは殆ど無く形跡もない。ただ、自分自身の想いとそれを受け止めて貰えない悲しい思い出だけが、数多く残る一方的な片思いだけである。それは惨めさを通り過ごした淋しいものであった。しかし、今はそれも我が人生に与えられたことだろうと感謝している。我が家族の存在がそのことを証明してくれている。
posted by Tommy at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 余談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする