2017年08月20日

靴に考える

最近何となく気にかかりだしているのが靴である。下駄箱には何足あるか不明だが、雨の日、晴れの日、気分の優れない日、結婚式、カジュアル用等と使い分けているが沢山あるわけではなく同じものを気分によって使い分けているにすぎない。その靴も何となく気分が良くなるものとそうでないものに振り分けている。おかしな話である。

現在お気に入りの靴は何処でいつ買ったものか思い出せないが、靴底も皮も厚く古くからある革靴の典型的なものである。この靴を履いて特別なわけもないが、気分転換の前に履く靴と決めているようである。そのほかに底の柔らかい靴も2−3足あるが何となくしっくりとこない。靴幅が広くサイズも大きめで直ぐに脱げてしまう欠点を持ち合わせている。

気に入っている靴は池袋のデパートで購入した靴である。これまで24.5cmと信じきっていた足のサイズを24cmで十分であると知らしめた靴である。ぴったりとフィットする履き心地を味わっている。その靴も長らく履き続けて少々くたびれてきたこともあり、新しく同様な靴を買い込んだ。未だ一度もはいていない新品の革靴である。

何となく運気について靴と絡ませようとしている自分がある。どの靴を履いたときが最も運がついていたかを推し量ろうとしている。勿論現実はどの靴を履いても変わるものではないのだが、あまり物事が上手く行かないときに気の弱さからついついそのような考えに陥るときがある。それにしても靴は大切なものである。全体重を受け止めてしかも快適な歩行を約束してくれる。
posted by Tommy at 04:00| Comment(0) | 思考ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする