2017年08月25日

書く事について

最近とみに気になりだしたことの一つが書くことである。数多く読書を重ねると自然に文章の良い悪いは感じられるものの明確な判断基準を持っていない。そこで文章読本を買い求めて参考になることはないかと読み続けている。基本的なことだが主語にあたる誰が、何がと、熟語にあたる動詞の関係が明確になることが大切である。それが主幹になり枝葉となるのが文章であるとのこと。

どちらかと言えば下手な物書きほど飾りたがりだという。その結果主幹の関係は遠くはなれてしまう文章になりやすく、理解しづらい長ったらしい文章になってしまうという。実に明快な説明があった。実際これまでの自分の文章を見る限りその通りだと感じてしまう。
今回の関心をもう少し引きずってこれから書く文章の中に注意を促して行きたいと思う。

朝食直後の時間十分が文章読本の時間である。たった十分だが時として今日のように印象に残る説明を見出せたということは大変うれしいものだ。ただ単にボーット過ごす時間であってはそれさえない。人生は限られた時間といわれているだけに、その限られた時間を有効に生かす一つの手段が、読書でもある。

いずれにせよ今の私の文章はこなれた文章になっていないことは明らかである。それを今後人にわかりやすく伝えられるようにする必要がある。人生の後半には文筆活動を夢見ている自分であるならばなおさらのこと。誰よりも書く文章にこだわりを持って推敲できる自分に導いてゆかねばならないと考えている。
posted by Tommy at 04:00| Comment(0) | 思考ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする