2016年09月17日

笑い顔

確かにそうだとうなずけるのは“笑う門には福来る”という言葉の意味である。実際問題不機嫌な顔の人のところには、近寄りがたいのできっと福の神も近寄らないのだろう。

人生にはいろいろな生き方や感情がある、怒り、苦しみ、悲しみ、泣き、笑うそんな中で折角与えて貰ったこの人生、自分で愉しみ周りも楽しませて生きて行くことが大切と今は切に思う。人間の短い歴史の中においてもこのことがあちこちに見出される。気持ち良く微笑んでいる人のところへは来客も多いが、自分の悩みにつかまって渋い顔をしていると誰も近寄ってこない。そんなことが何度も繰り返されて今日があるような気がする。

自分に笑いを与えてくれたのは明らかに母の性格ではないだろうか。学校から帰っても家に母がいなければ、小さな田舎だけに静まり返った村で笑い声を探せば、母の居所が即座にわかったことを思い出す。その母が若くして亡くなって一時期全てが闇のなかに放り込まれたような静けさになって、笑い顔一つない無表情の顔が出来上がっていた気がする。それが社会に出てからも続き全く面白みのない生活が十数年も続いた。それが破られたのは、母にも似た性格で私の殻を破り遠い昔に母が形成してくれた明るい性格を引き出してくれた家族である。それが今の私の信条にしている愉しく過ごすにつながっているようだ。
posted by Tommy at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 記憶の底 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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