2017年03月20日

観戦考

滅多にサッカーを見ることのない自分なのだが、故郷の代表が決勝に残ったということで応援を兼ねてみることにした。又、ずば抜けた高校男児がいるということも事前のニュースで話題になっていることもあり楽しみにしていた。残念ながら試合は逆転で負けてしまったが、久しぶりに胸の高鳴りを味わうことになった。

自分の人生が重なるわけでもないが、気分的にはそんな気持ちで見ていたようだ。実に歯がゆいことだが現実の世界も同様な状況がつづいている。今ここで逃げ出すわけには行かないが、今年は今日のサッカーみたいな展開があることだろう。一つとれば相手は二つと常に先を進む相手に焦りにも似る気持ちで向かっている。こんな時確実に勝てる人間がいたとすると本物だろう。

これまでサッカーなどやったことのない自分が勝敗に夢中になっている。それは何を意味するのだろうか。今抱えている問題が思うように進まないだけに心配な気持ちの裏返しだろうか。その様な状況の中で自分の未来を占うような気持ちで見ていたと言える。果たして自分の思いは何処にあるのだろうか。

サッカーの試合を見ながら何となく祈るような応援を続けている自分を知る。不思議なものである。人の気持ちは自然と表にでてくるものである。今年から来年、来年から再来年といつまで自分の気持ちを偽らずに続けて行けるだろうか。昔の人に何となく感じたような苛立ちを今の若い人に与えていないだろうか。サッカー観戦後に独りになってこのメモを作成している時に感じていた。
posted by Tommy at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 追憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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