2018年02月25日

一喜一憂

ギター練習を続けていると一喜一憂の繰り返しが延々と続くようである。一つの問題に希望が見えだすとそれまで隠れていた新たな問題が表れてくる。そのたびに解決するべくあらゆる方法を試してみるが、良い感触を得られることは実にまれである。そんなときの気持ちの切り替えがユーチューブだろう。特に最近のお気に入りがtatyana ryzhkova である。https://www.youtube.com/watch?v=olW6-jhSgMg
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2018年02月19日

幸せな時間

ギタークラブでの練習日、晴天で陽の射す天気ではあったが、そよ風で空気が冷たく感じられる日。しかし、参加者は今年最も多くにぎやかな練習日となった。今春の発表会に向けてそれぞれのお気に入り曲の楽譜を数種類抱えてお互いパートナーを変えながら休む時間も惜しむように練習に打ち込んでおられた。

ほとんどの皆さんが青春時代にあこがれたクラシックギターを思い切り愉しみたいと待ち望んでおられた方々で、既にそれぞれの長い仕事人生をおえられ残りの人生を大好きなギター音色とともに過ごせることを満喫しておられる。傍目には平凡で単なる老人の集まりに見えるが、当事者にとっては最高の幸せな時間なのである。
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2018年02月12日

最近のギタークラブ

このところのギタークラブは寒波と重なり夕方の寒さが、気力と体力に悪影響を与える恐れから前回はついつい休んでしまったが、本日は二週間ぶりに出席した。久しぶりに暖かかったせいもあり十数名の出席者でにぎわった。いつも元気なのはどちらかといえば高齢者の方々で、メンバーの中でも半分以上が私よりも高齢なのに元気に出席されている。

午後二時に集まり途中四時ごろお茶の時間で休みを取り楽しいおしゃべり時間、その後六時まで熱心に練習を続けておられるのには頭が下がる。皆さん重奏を手掛けておられる方が多く演奏曲によりお互いのパートナーを変えながらの練習に励んでおられる。同好の仲間だけに和気あいあいの練習風景で賑わっている。
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2018年02月09日

歳重ねて分ること

多くの高齢者の顔を見るとき、その人が歩いてきた人生が顔の表情から読み取れることがあるのを不思議に思っていた。人生も終末に近くなるにつれていろいろなことが見えてくることもある。我が心の師の本で昔読んだ一節に下記のような記述があり、当時は特に理解することが難しかった。しかし、その言葉も最近師の言わんとするのがわかるような気がしてきた。

<<人生は各々の時期に、それぞれに固有な成果をたくわえて残すところがなければならない。子供時代は子供らしさを残すべきであり、子供時代に子供らしさのないような人は、他人にもいい影響をあたえるような完全な人間とはならない。

青年時代は実行力の源泉となるような新鮮な気分と張りをのこすべきであり、壮年時代はすべての思想と感情の円熟、および過去においてさまざまの行為をなしとげたことによって鍛えられた性格の堅実さと残すべきである。

このようにしてはじめて老年にふさわしい使命をもった時期となりうるのだ、すなわち単に慰めのない衰退ではなくて、ありのままの人生のすがたを静かに所有しながら、あるべき人生のすがたを達観し、さらに壮大な、これから先の発展に備える準備の時期となりうるのだ。

この人生の各時期を飛びこえてしまったり、あるいは、良く起こることだが、息せきって素通りしてしまって、その持ち味を生かさなかったような人は、あとからとりかえしをつけようと思っても、そんなことはめったに、あるいは全然できないであろう。いずれにしても、その人柄全体に、はっきりそれとわかる欠陥をとどめることになろう・・・ヒルティの言葉より>>
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2018年02月04日

親指巻込みと思い出

親指の矯正に取り込んでから確実に二年以上が経過している。実に長い年月を必要とするのが親指の巻込み癖を矯正することだとつくづく感じている。それでもいまだに完全に矯正できていない状態である。しかし、今年になって少しだけ改善の兆しが見えてきたのがうれしい。親指を使った練習曲に取り組めるまではこれまでの経験からあと半年ほどはかかるだろう。

今は亡き長野文憲講師にトレモロ曲を弾きたいという希望を述べたとき、最初に言われたのが親指の巻込み癖を矯正することだった。当時何の違和感なしに弾いていた親指の動きを見て、これではトレモロは弾けないので矯正することを考えた方が良いだろう。ただし、数年はかかるだろうからそれを覚悟できるかどうかである。実に明快であり今その難しさを十分に認識している。一度ついた癖はなおすに癖になった同じ時間は必要とのこと。

トレモロを弾くことを第一の目標に掲げてきたギター練習も、これまでは親指矯正が殆どだった。それでも半年後には是非ともトレモロの練習を始められればありがたい。講師に言われたことでもう一つの言葉が残っている。それはトレモロを弾けるようになるにはさらにありとあらゆる練習法を試して最も自分に合うのを探しだせるまではあきらめないことだと。

トレモロ練習方法はいろいろやり方を教えていただいたので半年後を目指して練習メニューの中に組み込んで行きたい。弾けるまで面倒みると言われていたが、運命にはかなわなかった。最後のレッスンとなった時期にご自身がギター独奏用に編曲CD録音されていたアランフェス第二楽章の楽譜を記念にいただいた。私の人生で手掛けられるかどうかはわからない。しかし、特別な言葉を残されたわけではないが何か形見となってしまった。
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