2017年08月12日

BunKen氏逝く

退職してから通い始めたNHKギター講座で講師をされていたBunKen(長野文憲)氏が8/7に急逝されましたとの連絡を受けた。急遽今年5月の休講と6月からの講師交代の連絡を事務所からいただいていましたが、まさかこんなことになるとは思ってもおりませんでしたので非常に残念なことです。

レッスン後に良く通った階下のイタリアンレストランで仲間と共にコーヒー飲みながらのギター談議を重ねたものでした。天気よく暖かい日にはレストラン前の広場にギターを持ち出し、若いころストリートミュージシャンとして生活をしていたとのことで当時のお気に入りの曲を立て続けに弾き始められたこともありました。その時は流石に多くの買い物客が足を止め、皆さん際立ったギター音色で人気のBunKen氏の名演奏に耳を傾けておられました。謹んでお悔やみ申しあげます。
posted by Tommy at 04:00| Comment(4) | ギター日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月29日

改善には時間がかかる

たまたまネットで検索をしているときに、曲の演奏をしながら演奏フォームの矯正をしたり改善させたりすることは不可能であるという記事を読んだ。親指の矯正でかれこれ2年以上も苦しんでいる現実を指摘されているような気がした。説明ではフォームの改善は、ある一点の関節や筋肉の使い方を改善するだけでなく、腕全体、姿勢全体、そして意識に至るまで全てを新しく作り変える事だからだとのこと。

私は親指の巻込み癖を矯正するには親指の使い方さえ良くなればフォームの改善はうまく行くだろうと思っていましたが、フォームのある点を変えると、その影響はすべてに及ぶということらしい。親指の使い方を変えれば、今度は人差し指に違和感が出てくるので新しい親指の使い方に則した新しい人差し指の使い方が必要となるらしい。

親指と人差し指の感覚が変わると、次に薬指から小指の感覚も変わり、当然それらを扱っている前腕の筋肉もいつもと違う感じになってくるという。前腕の感覚が変われば上腕や肩などもやはり感覚が変わってきて、その違和感に何とか対応しようと自然と姿勢も変わってくる。さらに、そういった感覚の変化に最初は脳がついていかなくなってしばらくは苦しむとのこと。

親指の使い方、角度といった一点を改善しようとするだけで、連鎖的にこれだけの変化が現れ、その変化を定着させていくまでには時間がかかるし、その間ははっきりいってまともに弾けないという。以前の講師にも聞いていたことだが、フォームを変えるといっぺんに引けなくなると言われたのはそういうことらしい。これから改善に取り組む人は改善には相当な時間がかかるということを事前に認識しておいた方がよさそうだ。
posted by Tommy at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ギター日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月12日

リラックスタイム

一日の始まりが一杯のコーヒーとお茶菓子で始まるこの時間が一日で最も新鮮に感じる。

早朝ウォーキングを終えてシャワーで汗を流せばスッキリしたところで、適度な空腹が朝食の時間を楽しくしてくれる。朝食を終えて部屋に向かう時に持ち込むのが、写真のカップとコーヒーの苦みを和らげてくれる菓子。この後はしばらく独りになって好きなギタリストのギター音色で贅沢なリラックスタイム。

DSC_1699.JPG
posted by Tommy at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ギター日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月02日

心情

心もとないのが人間の心情である。何かと他人との関係で大きく揺れ動くのが表に出てくるものである。それが好意的な関係である場合は全てがスムーズに進み合意に至る道も短く早いものになる。反面何かが間にある場合は感情の動きが邪魔をして会話にも刺々しいものが現れて結論に至る道も長くなる。それが心情に基づくことであるといえる。

これまで自分が進めてきたことを別な角度から違ったデータとして出してくるのを見るにつけ心情的な違和感を覚えるときがある。現実的な面ではそれが及ぼすものが何もなくても、そう感じるところが心情的であるといわざるを得まい。人はそれぞれが自分の考えで事を進められることを良しとするものである。そのこと自体を否定するわけではないが、それも一言で心情的であることが邪魔をするのだろう。

人間には喜怒哀楽が誰にでもあるという。 怒り、喜び、楽しみそして哀しみと言うものは時と場所、環境と状況を得て独自のものを表にだすものである。人と会うたびにそれらを個々人から学び取ってゆかなければならない。人それぞれに特徴ある組合せでこれまで使い分けられてきた。それが人それぞれの個性であり人格につながっているのである。

よく言われることに心情を吐露するという言葉がある。何か大きなイヴェントを前にして心躍る気持ちとは裏腹に結果が不満足な場合であれば、人間はより保守的になり表には出てこない。それを称して心情的に何かをしたくないといっているのかもしれない。いずれにしろそのような心情を持つ人の集まりが、この社会を構成しているのも面白い。
posted by Tommy at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ギター日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月26日

気分転換

NHK文化センターから珍しくはがきが届いた。これまでの講師が病気療養の為、止むを得ず講師を退任されるという事だった。講座途中での退任ということで次の講師も同時に紹介されていた。高齢からのスタートでこのところ遅々として進歩しないギター練習を話題にすること自体が憚る状況だった。

親指の矯正をはじめてから丸二年がたったいまでは、親指の巻込み癖は少し残っているものの、親指で弾いた後どうにか人差指の外にとどまるまでにはなっている。しかし、残念なことは親指がふらふらしてコントロールが効かない状況である。その為これまで弾けた曲も弾けなくなってしまった。退任された講師の話では奏法を変えた後、元の状態に戻るまでに一年前後はかかるという事で有る。

先日お会いした講師はうら若き女性講師で、やわらかい口調で一緒に頑張りましょうと最高年齢となった生徒の私にも易しく声掛けしていただいた。暫くは気分転換をしながら目標の曲に向かって遅々として進まぬギター練習も続けられそうである。
posted by Tommy at 04:00| Comment(6) | TrackBack(0) | ギター日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする