2017年07月27日

ちゃわんむしの歌

ネットで検索しているうちに小学生当時いやな音楽の時間に全員でうたわされた曲を見つけた。当時は音痴だといわれ音楽教師に発表会の時は口パクすることをつげられていて、音楽が大嫌いになっていた。そんなわけで覚える気もないところに、方言を使った歌で意味も解らず歌った記憶しか残っていなかった。

それがあらためて方言の意味を知り、曲を聴いているとなるほどとうなずけるところが面白い。現在も歌い継がれているとは全く知らなかったが、何か微笑ましさを感じさせる。音楽も年齢と共に好みも変わってくることを知り、音楽の世界もこんな曲があってこそ楽しめるのかもしれないと認識しなおした。
http://osumi.or.jp/sakata/hougen/tyawan2.htm
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q117583051
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2017年07月26日

思い出

思い出はどんなに苦いものであっても時間と共に常に良い思い出と変わってくる。それがあるから人々は歳をとると共に過去を振り返りたくなってくるのだろう。しばらく会わずにいた仲間の顔が浮かんでくると元気かと電話を入れたくなる。

毎年一緒に山歩きをする山仲間から、今年は誘いがないので連絡してみるとこの暑さで出掛けるのを秋口まで少々躊躇しているという。いつも元気な山仲間でも殆どが高齢者の部類に入っているので、皆の健康を気遣いながらの行動になっているらしい。

入社時から定年退職までの同好仲間として五十年近い間に何十回となく一緒に行動しただけに多くの写真と共に思い出が蘇ってくる。巨大な落石で危うく命を落としそうになったり、野生の熊に遭遇したり、高山病に苦しめられたり、道を間違え仲間の半数がダウンしたり、大きな荷物で歩けなくなったりと今では最も楽しい思い出に変化している。

不思議なことに山歩きは確かに苦しいことも多いが、頂上を極めたり、御来光に出会ったり、逆に満天の星空の下で過ごしたり、仲間と長時間語り合ったりと全てが良き思い出として残っている。勿論これからも山歩きだけでなく新しく始めた趣味仲間と思い出作りを続け愉しめる人生にしたい。
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2017年07月07日

リーダの仕事

<<リーダが果たすべき仕事として五つの仕事が上げられている。その一つ一つを十分に理解しているわけではないが、何となくそうなのかなという程度である。まだまだ修業が足りないことを示しているのだが、その五つとは次のようなものである。1.目的またはゴールを設定すること。2.現在地がどこかを認識すること。3.組織としての活動をしていく時間の経過の中で、どのような環境変化があるかを読むこと。4.どういう戦略をとって現在地から目的地までたどり着くかを策定すること。5.直接任務にある者を励まし、叱咤激励して実行すること。>>

誰の言葉だったか忘れてしまったが、自分の手元にメモとして残っているので読んだときに感銘した言葉であろう。これら五つの言葉が筋道としては理解できるが一つ一つが自分の経験とはなっていないのでそれぞれが訴える力は未だ弱いものである。目的を持ち現状を知り事前対応し方向性を出し懸命にやる。それだけのことかも知れない。
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2017年06月23日

写真について

写真について言えることは何だろう。最も古い自分の写真は1歳ぐらいの頃二人の従兄弟と一緒に三人で撮った写真だろうか。勿論自分には全く記憶にない写真が残っており、そうだと教えられているだけである。その後も昔のことで写真を撮ってもらう機会など殆どなく都会に住むという伯母さん夫婦が、田舎に帰って来たときに自分の子供達と一緒に撮影してくれたのが残っている。古い写真といえばもう一つ今はいない母の若き姿が唯一見られる写真がある、縦縞の着物を着て大家族と一緒に写っている。

その後、徐々に写真の数は増えていったが、思い出に残るほどの写真といえば最初のデートのときに撮った写真がある。赤い紅葉の前で取った最高傑作の写真で確か詩仙堂の庭を歩いているときのものだ。その後は子供たちが主役の写真が多くなってきた。勿論写真を撮るにはカメラが必要でありデジカメへの投資も多く、これまで5-6台も買い換えてきたのではないだろうか。

写真というものは人生のほんの一こまではあるが、鮮明に記憶に残るものである。自分が生きてきた証拠であり形でもある。それを映し出してくれるカメラとはいかに優れものであろうか。我が家族の思い出を残すにもそれが見えるだけにありがたい。
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2017年06月20日

知己を得た人

一緒に仕事をした仲間で既に亡くなった知人もいる。その積極的な生き方に刺激されて自分の行き方も少々前向きになるきっかけを与えてくれた人、死ぬ時期が分かっているのにそのことを笑いとばして話すだけの強さを持った人、常に笑い顔を絶やさず自分のどんな相談にも快く乗ってくれた人、いずれも今はこの世に亡くなってしばらくなる。

人生のはかなさを感じるときもあるけれど、これらの人々のお陰で自分の今があるとなれば感謝せずにはいられない。同じ時代に生きることになったという巡り合わせが結びつけたつながりだけど、何も違和感なく交流の出来た人々である。失ってみて淋しさが伝わってくるけれど、こればかりは神の御心に沿った運命と思わざるを得まい。

これからの人生ではさらに多くの仲間との別れがあるかも知れないが、それも静かに受け止めてゆかざるを得まい。自分を中心に世界が回っているわけではないし、人それぞれに寿命と運命を背負って生きているのだ。今は数え上げたら限りないほどの数ではあるけれど、これからは次々と変化してゆくだろうつながりでもある。

自分の人生に最大ともいえる影響を与えてくれた人がいて、その生き方にも賛同できる人であった。しっかりと見据えた人生を着実に生きてこられたけれど、残念ながら100歳を前に亡くなられた。自分のことを心にかけていただいたこともあり、痛く淋しいことである。しかしそれも運命の出会いであったかもしれないと今は感謝している。
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