2018年03月31日

こけた思い出

数年前の同じ日の日記にこんなことを書いていた。今朝思い切りこけてしまった。いつもの通り道、近道に足を踏み込んで昨夜の雨で湿った下り坂をノッペラの靴底で下りだしたとたんのことだった。腰から枯れた木々の中にその折れる音と共に倒れる。全く痛くはなかったが久しぶりにこけてしまった。下の道を急ぎ足で駅に向かう人たちが何事かと覗き見る。還暦すぎにはなんとなく恥ずかしい行為だ。

ついつい愚かな行為をする自分に苦笑とも思える視線を感じる。失敗も結構ではないか、それを恥ずかしがるようでは大成しないというではないか。歳をとってもっと賢くなっても良いのだが、何時まで経っても自分の愚かさは変わらないようである。この世に生を受けてからも次々と訪れる失敗は、又楽しいものにもなりつつある。

毎年行くスキーではさらによく転ぶ。転ぶことが上達のコツであると誰かに聞いたように思い込んでそれを実践している。人間と言うものは自分勝手に考えて自分勝手に行動をする。そこに人間らしさがあり人間である所以であると思われる。私もそんな人間の一員であるだけに逃れられない運命にある。

朝の通勤時に転んだことは今回が初めてだろうか。自分の記憶の中では思い出されない。一度は入社早々に飛び出して車とぶっかったことがあったが、こちらは通りがかりの人の機転で車のナンバーが控えられ後日お詫びの訪問を受けた。当時高級バナナが嬉しくて今日のような訴訟が賠償がと言うような話にはならなかった。今朝のすべって転んだことがこんな昔話を思い出させてしまった。昔を語ることは既に年寄りのしるしなのか。
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2018年03月28日

桜と団子

光が丘公園内は本日何処に行っても満開の桜を楽しめる。嬉しいかな何年振りかで二人でお花見に出掛けようということになり、午後の最も気温の高い時間帯に出掛けた。途中のコンビニで団子と飲み物を買い求め、二十年以上も前に子供たちと一緒に良く遊びに出掛けた場所に自然と足が向いた。
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当時からある桜の樹が今では巨木となり枝一杯に豪華な花をつけて最も賑わう場所になっていた。時の流れははやいもので多くの思い出がよみがえる場所でもあるが、二人だけで来たのはいつのことだったろうか。
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2018年02月21日

八年前の出来事

事件が発生した。住宅で火災が発生した。警報が鳴っていても誰も気がつかなかった。何となく騒がしくなったのと、キナ臭い匂いがして玄関に出てみて黒い煙が八階から出ていた。至急非難するようにと連絡が届き慌てて階段を駆け下りる。当該住宅に入居して初めて十三階もの階段を駆け下り、消火後にエレベータが使えず階段を登って帰宅した。

これまで住宅は二十回前後変わったが、火災にあったことはなかった。それがこの寒い冬の時期に永住目的の集合住宅が火災になったのには少々ショックであった。住人夫婦が高齢になり車椅子生活だったという。娘さん夫婦が途中で駆けつけて来たけれど既に遅しで殆どが燃えてしまっていたようだ。

今回の火災の現場を見て集合住宅での火事の怖さを知る。黒々とした煙がすごい勢いで部屋から噴出して大きな煙突のようになっていた。はしご車も来たけれど殆ど役立たずで、いざという時にどのように役立たせるかという点では問題であったと思う。住人とても高層住宅においては、手助けしようがないだけにただ見ているだけであった。

わが家族も地上まで降りてただ消防士が、あわただしく走り回るのを見ているだけで時たま知り合いが居合わせると、状況がどうなっているのかを話している。一時間ほどで煙が止まり、殆どの住人も又部屋に戻り何事もなかったようにいつもの生活に戻る。残っているのは後片付けの消防士と警察官だけが事後調査を続けている。
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2018年02月13日

時の流れの中で

成田空港を利用しだしてから何年になるだろうか。東京に出てきて会社に入り先輩に連れられてハイキングに行った先が御陵牧場で、今の成田空港の以前の姿であった。当時は右も左もわからない中でつれていかれた。それが当時労働運動の先端にいた組合員に優しくハイキングに行こうと誘われたのが二十歳前で最初の訪問である。

空港が完成するまでは成田闘争といわれるように地主や学生達の大きな抵抗があって完成まで何年も何年もかかっていた。完成したといわれても全体の一部であったりして反対運動が長く続いていたようである。民主主義という言葉に躍らせられて個人のエゴが大事に扱われて来たことが、このような結果を生み出したのだろうか。

社会全体の或いは十分に役立つことのわかっている公共物のためには、個人のエゴと折り合いをつけることも必要なのではないか。都内の幹線道路が立ち退きを拒否する家人のために、そこの家の部分の道路幅が極端に細くなり毎朝渋滞する状況であるといわれていた。今はどうなっているか知らないが、皆の暮らしが発展しているようであればよいのだが。

あまり気にもしていなかったが空港を利用するようになって、過去に大きな闘争があったことを思い出している。それがエゴに基づくものだったのかどうかも今はわからないが、そのような社会的な問題も時の流れの中でいつの間にか落ち着くところに落ち着いてしまった。そして当時大きな社会問題だったことも、今は誰もそれらの問題に触れる人もいなくなった。
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2018年02月02日

北上夜曲

ユーチューブでギター演奏を探していたらひょんなことから我が青春時代の想い出深い曲の一つである“北上夜曲”を見つけた。淡い想いを寄せた娘が通ると電柱や物陰に隠れるほどのシャイな自分だった。そんな気持ちを歌詞にして美しいメロディに乗せたこの曲を聴く度に胸が締め付けられた想いをしたものである。カラオケに行っても歌えないのにリクエストし、感傷的な気分は今でも昨日のような出来事として思い出される曲である。
https://www.youtube.com/watch?v=d4UgprZwdPc
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