2017年03月02日

大切な友人

自分には友人と言える友がいる。大変有難いことに何時電話しても全く変わらぬ応対で飾り気が無いのが良い。どんな話でも受け止めてくれるし、なんと言っても話をした後の気持ちの落ち着きが得られるのが嬉しい。時としてストレスを重ねて落ち込むことがあっても彼と話すことで全てが消えてしまっている。それは何にも変えがたき大切なものである。

大学に入学した時が彼との出会いであった。同じ故郷と言うことで声を掛けてもらったのが最初であったと思う。その後何となく話をするうちに語学に対してお互いに興味があることを知り、日曜日には牧師のうちに英語を習いに行くようになり、いつの間にか教会を建てる手伝いにも関わりあっていた。その教会は今でも活動を続けているようである。

人類だけが信じている宗教は、これまた大きな力を持ち多くの人々の心を掴んで放さない。人々は信じる宗教の名のもと、自分の世界から他の世界への伝道者となって移動している。我々が接した牧師も米国籍を持つ人で米国の教会から日本に派遣された人であった。今はリタイアしてバルチモアの地に余生を送っておられるようである。

何が今の自分を形づくっているのだろうか。これまで多くの人々と接して来た。その中には二度と会うこともないことになった人もいる。生き残っている自分はこれから先をどう生きて行くのだろう。今現在いつでも連絡できる友も限られている中で、何を求めてこの世の中で生活をしているだろう。多くの場合それは楽しみではないだろうか。人と人との交わりや思い出をつなぐ心のやりとりではないか。今はそんな気がしてならない。
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2017年02月20日

喫茶店との付き合い

昔は、と言っても自分が中学生か高校生のころではあるが、喫茶店に入るのは当時不良がやることと言うような風潮があり、当時真面目な自分は看板を見ることさえ罪なことのように思えた。そんな訳で田舎にいるころは、一度も喫茶店に入ったことがなかった。それが今では時間を持て余したとき、人との打合せの折に良く使う場所となっている。

喫茶店との出会いは恐らく入社間もないころ、ハイキングの帰りに新宿の地下街にあった店に行ったのが最初だった。会社の先輩達と一緒に入り珈琲を飲み何と苦くてまずい飲み物だと思った。その後、ルノアール、上高地、大門等、今では古い名前の喫茶店に行っていた。今は昔のことで誰と何故いったかまったく思い出せないものばかりである。

自宅で日経新聞をとっているが、その最後のページに私の履歴書という欄があり、毎朝楽しみにしている。これまでビジネス上で時の人となった人々が一カ月間にわたり自叙伝を執筆している。その蘭でドトールの創立者の番があり、設立までのドラマを読んでから何となく記憶に残ったせいか最近は近くのドトールに行くケースが増えている。

もう一つは練馬に出かけたときにはデンマークの二階が定番の喫茶店である。一階がパン屋を兼ねた店で大好きなアンパンを一つ買い求め、二階で珈琲を注文して、窓際のカウンターに座る。駅前の人通りを眺めながら待合わせ等で時間調整が必要な時に便利だ。アンパンと珈琲の組合せは絶妙で一時の時間を過ごすのが至福のときとなっている。
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2017年02月18日

最初は富士

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2月のカレンダーの写真を見て思い出したことがある。高校を卒業して上京し学校に通いだし、その時のクラスメート数名で富士山に登ったことがある。仲の良い友達として青森の林檎農家出身者と、その他数名と一緒だった。当時、全く山登りの経験はなく気軽な気分で出かけたことを思い出す。高山病や眠気でさんざんな目にあったが、下山の時の砂走りがとても快適だったのを覚えている。

帰宅して近くの銭湯で頭を洗っていたところ、真っ黒に汚れた水が流れて隣の客が驚いたのを覚えている。驚いた客は当時日曜日には必ず通っていた蕎麦屋の跡継ぎであとあと笑い話となった。富士登山は一つの気分高揚にもなったのか、何か大きなことを成し遂げた気分であった。その後、富士山に再び登ることは、今の今までなく過ごしている。

しかし、山歩きは当時の職場に日本山岳会員になった山登りが大変好きな人がいて、その人の影響からか丹沢、雲取山、中央アルプス、南アルプス、出羽三山、飯豊山、米国のウイットニー、欧州のアルプスと登ることになった。そのような山の魅力を味わうことが出来たのも、最初の富士登山の思い出がさせたのかもしれない。

山の頂に雪を抱く富士は絵になるせいか、毎年カレンダーでお目にかかれる風景である。我が家のベランダからも、冬の季節には遠くに見える時がある。特に正月の時期に眺める富士は、冬の寒さが身を引き締めて何か厳粛な気持ちを引起す。日本人にとって富士は神聖なものであり、誰もがあがめる山である。
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2017年02月17日

平和像

毎朝その前を通っているのに、あまり気にもかけていなかったようで印象に乏しかった。それが今朝は、午後から今年一番の暖かさが訪れるというこの時期に、公園の一角に立つ無垢な幼子をモチーフとした写真の像が気になった。

このところ世界中の新たな指導者の出現で、大きな話題があちこちの国で提供されて賑やかになっている。少しずつ世界中が波立って行くのを感じられるなかで、平和という意味を再確認させるようなシグナルだろうか。

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2017年02月13日

ガウンと共に

結婚のお祝いとして義母に頂いたお金で、新宿伊勢丹にて買い求めたガウンを長年重宝してきた。買い求めたころは自分に合っているかどうかも考えないで、単にガウンが欲しかっただけで買ったこともあり、少々大きめで袖口を折って着ていた。それでも家で過ごす自分の一番充実した時間帯、早朝の読書の時には欠かせないもので、三十年以上の長い年月を共に過ごした。

この長い年月を特別に意識して着ていたわけではないが、何かと気にかけてくれる義母の気持ちがうれしくてなんとなく着ていたのが正直なところである。自分も年齢を重ねたが義母も後期高齢者となっているので、これから先はあまり無理をせず、自分の実母の分までもっともっと長生きしてもらいたいものである。

人生もこの年になると、未来も諦めも見えてくるようになるらしい。これまであくせくと働いてきた自分も、いつの間にか過ぎた人生を振り返るようになるのが多くなってきた。見るのが好きなマラソンでも、先頭集団を走り続けた人が遅れだすと後ろを振り返ることが多くなるという。そうなった時は、既に先頭に立つことを諦めているとのこと。

誰もがそうなのかもしれないが、思い続けたことが実現しないとみると自分のこれまでの人生を振り返るという。これも又事実のようである。これまで一緒に歩いたガウンになんとなく愛着を感じている。長年にわたる会社勤務と共に過ごしたガウンは色々な思い出が詰まったものとなっている。このままガウンとともに、静かに過ごす人生になるのか、或いは新たな生き方にチャレンジするのか。
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