2017年04月14日

八年前の今日

時の流れは加速するようで、この日からの8年間はあっという間の出来事のような思いである。若い頃から日記をつける習慣があったことで、今はそれが加齢と共に薄れゆく記憶を思い出すのに役立っている。残念なことは、当時熱帯植物が好きで良く通った温室植物園がなくなったことである。そして今はそれがバラ園になっている。

<<晴れの日曜日久しぶりに運動靴を履きカメラを持って外に出てみた。何とあたたかい陽射しだろう。これまで休日となると引きこもりを続けてきたのが、勿体無い気持ちでいっぱいになってしまった。自宅マンションのすぐしたが、四季の香公園でいろいろな花が咲き乱れている。もう桜は散ってしまったが、スミレが彩りを添えて道端に咲いている。

これも久しぶりだろうか温室植物園に入って熱帯植物を見て廻る。こちらも見られない花を咲かせて活き活きしている。ひとしきりカメラで写真をとりまくる。その後、中庭で絵筆を持ってそれぞれ思い思いの絵を描いている年配の方々の前を通り、花と緑の相談室で行われている盆栽展を見学する。何かと詳しいお年寄りが、一つ一つ解説をしながら案内しているのを隣で聞き耳を立てる。いつか仲間に入れたら嬉しいものだ。

これまで散歩といっても自転車でのサイクリングが殆どであった。広い公園内を端から端まで自転車に乗って廻るだけで、何の会話もなくただペダルを踏んでいた。それでも気分転換にはなって一応の満足は得ていたが、今日は思い切り運動靴で歩いてみた。公園のベンチにも座ってみた。花の写真も撮ってみた。旧友にも電話してみた。大きな木下で蟻と戯れた。全てが春の暖かさの中の出来事になった。

散歩は退職後の楽しみの一つになりそうだ。自然の中に生まれ出る生き物や植物が、自分の気持ちをやわらげてくれる。神が全ての生物に与えられたものの中で、ゆとりある散歩ほど気持ちの良いものはないだろう。特に、自分のように生きて来た人間には、節度ある人生であったことが、今日のような散歩を、最高の贈り物として受け取れることが嬉しい。>>
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2017年03月31日

あれから50年

故郷に杉の大木が生えている南方神社というのがある。小さいころは毎年お祭りがあり近隣の村から子供たちが集まり村対抗の運動会が開催された。親も一緒になって応援合戦が盛んであった。人の集まりも多く実に楽しみの多い祭りでもあった。特に出店が多く綿飴やキャンディ、駄菓子類を売る店がいくつかあり、親に貰った小遣いで買物するのも楽しみの一つだった。食事はゴザを敷き詰めて家族がそれぞれ集まって食べて楽しんだ。

中学生のころだろうかその出店の一つで勝手に呼び込みを始めてしまったことがある。今思うに引っ込み屋の自分がどうしてこのようなことが出来たのか不思議なことだ。それも戸板に並べたキャラメル類を売っている見知らぬ人の手伝いをかってに始めているのだ。どんどんエスカレートしてしまいには自分で値段を言っては売り子として働いていた。勿論頼まれたわけではないので無償の手伝である。

あれから50年以上も経つけれどそのことは今でも脳裏にはっきりと残っている。働き始めてからお酒を持って南方神社に行ったことも二度ほどあるのを思い出す。自分の仕事の原点がそこに有ったのだと思うと嬉しくてお参りしないわけには行かない。戸板を置いて手伝った場所は神社の広場に入る前の小さな道路脇であった。いまここに改めてそのような思い出があること幸せに思う。さびれゆく故郷よもう一度賑やかになってほしい。
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2017年03月25日

後輩

米国に移り住んだ後輩がいる。後輩といっても同じ出身県で同じ会社に勤務した事のあるというだけの関係ではあるが、その行動力には脱帽するだけである。入社後2-3年経った後だろうか、盲腸の手術をすると聞いた。それも何も悪くないのだが、これから米国にゆくので発病したら困るからという理由だけである。本人の後ばなしによれば、当時は飛行機が高額であったため船で一ヶ月ほどかけて米国に渡ったとのこと。

現地の日本人技術者を伝にアルバイトを続けながら、起業したばかりの会社に勤め始めたところ、本人の技術が生かせることになり、ハンデイタイプのプリンターを有名なフェデラルが採用し飛ぶように売れ年商60Mドルにも成長したとのこと。オーナーが売却したのでその金の一部が自分にも入り住宅を買い、仕事しなくても生涯生活できるだけの金を得たとのこと。アメリカンドリームを実現した男である。

ひょんなことから連絡先を知ることになり電話で話す仲になったが、これまで30年以上ご無沙汰していて自分には日本で勤務中の若い頃のイメージしか残っていなかった。驚いたのは自分が全く考えもしなかった米国に移り住むという意志であった。気持ちはお互い通じるものがある。今は家族四人のんびりした生活を続けているようで嬉しい限りである。

人生どのような展開が待ち受けているのか計り知れないが、これまでも多くの後輩が通り過ぎて行ったけれど、これといった人生を送れている人は少ない。彼が今最も輝いている人物かもしれない。そう思うと何時までもアメリカンドリームを示し続けて欲しいと願わずにはいられない。そしてこのままのんびりした生活を送りとおして欲しいものだ。
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2017年03月20日

観戦考

滅多にサッカーを見ることのない自分なのだが、故郷の代表が決勝に残ったということで応援を兼ねてみることにした。又、ずば抜けた高校男児がいるということも事前のニュースで話題になっていることもあり楽しみにしていた。残念ながら試合は逆転で負けてしまったが、久しぶりに胸の高鳴りを味わうことになった。

自分の人生が重なるわけでもないが、気分的にはそんな気持ちで見ていたようだ。実に歯がゆいことだが現実の世界も同様な状況がつづいている。今ここで逃げ出すわけには行かないが、今年は今日のサッカーみたいな展開があることだろう。一つとれば相手は二つと常に先を進む相手に焦りにも似る気持ちで向かっている。こんな時確実に勝てる人間がいたとすると本物だろう。

これまでサッカーなどやったことのない自分が勝敗に夢中になっている。それは何を意味するのだろうか。今抱えている問題が思うように進まないだけに心配な気持ちの裏返しだろうか。その様な状況の中で自分の未来を占うような気持ちで見ていたと言える。果たして自分の思いは何処にあるのだろうか。

サッカーの試合を見ながら何となく祈るような応援を続けている自分を知る。不思議なものである。人の気持ちは自然と表にでてくるものである。今年から来年、来年から再来年といつまで自分の気持ちを偽らずに続けて行けるだろうか。昔の人に何となく感じたような苛立ちを今の若い人に与えていないだろうか。サッカー観戦後に独りになってこのメモを作成している時に感じていた。
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2017年03月18日

交渉事

我が人生の中でどれくらい交渉の席についただろうか。現役時代の仕事柄今でも夢に出てくることがある。それらの一つ一つが、今は走馬灯のように思い出となって記憶の中でぐるぐる回っている。果たして自分が出した結論が時を隔てた今になってどのような結果を生み出しているだろうか。成果となって現れているのだろうか、又、誰がその評価をするのだろうか。一人になって振り返って見て満足行くものであってほしい。

当時は交渉ごとはすべて相手があって成り立つものであるだけに、相手に対しても公平な対応を考えて上げることが重要だと考えていた。ビジネスの世界にはWin/Winという言葉かあるけれど、お互いがなんらかの利益を得られると思える対応が大切ではないかと思う。そのことが、交渉においては最も大切で気にかけなければならないことだろう。それがこれまでの交渉事で少しでも実現していることを願っている。
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