2017年02月05日

今頃万葉集?

八年前の日記にNHKで万葉集の特集を行っていて実に衝撃的な出来事だったと書いている。全部で4千何百の首があるという、それも貧民から天皇まで1300年も前の人々の心の動きを伝えてくれる素晴らしいものであると知らされる。原文は全て漢字で書かれているとの事だが、それを仮名文字に書き換えさらに現代語への翻訳をしてくれた。

人それぞれに感じ方が異なるがそれでもそれら一つ一つが一級の短歌となって人々の心の中に響きわたる。詠み人の当時の状況や性格が一つの裏付けとなって語られて大変興味深く見させていただいた。このような宝物が日本にあるということをはじめて認識したような気分で、当時の詠み人の気持ちが生き生きと伝わってくる番組であると書いている。

戦時中に出兵した人の多くが万葉集を唯一の本として持ち込んだといわれている。それだけに、何度も何度も読まれたことだろう。当時の深い意味をじっくりと味わい自身の身の上に重ねていたという万葉集である。番組そのものが当時の自分の心境に良く浸み込んできたようである。人生の後半に差し掛かってから初めて理解できるような深い意味を持つ内容であったようだ。これまでどちらかといえば古臭いという感じが強く本を紐解くこともなく過ごして来たようだがここらで改めて読んでみたくもなっている。
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2017年01月30日

コミニケーション

断捨離で古いノートのメモをパラパラとめくると下記のメモが出て来た。どこかで読んだ本の中で見つけた内容だと思うが、口数が少なく他人との会話も下手なことを当時悩んでいた時期と重なるのでこれを読んで何かを気付かされたのだろうと思う。

<<団体旅行で撮った記念写真を手にしたとき、まず、どこに目がいき、誰を捜すだろうか。百人が百人とも、自分の姿を見つけようとするのではないか。人間は誰でも自分自身にもっとも関心をもっているからである。そして、常に自分について語りたがり、いつも語り足りないという不満を抱いている。だから、自分の誕生から現在までの経歴、これからの希望、夢、趣味、価値観などについて知ろうと尋ねてくれる人には好意を寄せる。相手のすべてについて知ろうと、色々尋ねているほうも、相手への理解が深まるにつれて、共通点や相違点を発見し、興味をひかれ、魅力を感じるようになる。お互いに、こうした関わりをもちつづけていると、友情が生まれ、円満な人間関係が成立する。>>
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2017年01月27日

今の命を

社会に出たての頃のメモが見つかったこともあり、当時どんなことを考えていたのか思い出だそうとしているがそれも定かではない。当時は詩人の萩原朔太郎の詩をよく読んでいたので意味もわからず気負ってこんなのを書いたのだろうか。

吠えろ 吠えろ 今の命を 
時空を超えた魂の中で
吠えろ 吠えろ 戦いに向かって
吠えろ 吠えろ

我の道を 誰が導くすべもなし
生きる道は造られる故に
楽を尊ぶことも道なれば
苦忍の道を得んと望む者
未来を確約せざるがため
悲を悲とも思わずして
ただひたすら我を信ずるのみ
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2017年01月26日

それぞれに

学校を卒業して社会に一歩踏み出したころ、当時世界で最も経済力のあるアメリカで、成功物語として書かれた本が話題になっていた。日本の書店でもそれらの翻訳本が多く出回っていた。色々な夢を持ち希望を膨らましていた当時の若者の間で、絶大な人気のあった人の言葉と言われている。その頃から何十年も経た今、当時夢中になった若者は今それぞれの結果をどのように受け取っているだろうか。

<<人の生き方には二種類しかない。一つは奇跡など起こらないだろうと思う生き方。もう一つは、奇跡は必ず訪れると思う生き方。 ディール・カーネギー>>
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2017年01月13日

年齢と理解

愛読書ともう一度読みたい本のいくつかを残して昨年殆どの蔵書を処分したはずなのに、特に気にも止めなかった高校生時代の古い本が出て来た。当時一度読んではみたが、最初の出だしからその意味する内容がほとんど理解できなかった方丈記。ところがそれ以後半世紀ほど全く目に触れることのなかった下記文章だが、今読むと何の違和感なしに自分の意識の中に入り込んでくる。必要だったのは半世紀に及ぶ時間だったのだろうか。

<<行く河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず、よどみに浮かぶ泡は、且つ消え、且つ結びて、久しくとどまりたるためしなし、世の中にある人と住家と、またかくの如し。方丈記・鴨長明>>
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