2017年05月23日

プラス思考人間

人間はちょっとした考え方の違いで大きく変化する動物であると思える。小さなことにくよくよするなという本を読んで思うことは日ごろストレスに感じるところが嘘みたいに消えてゆくこと。それにNo1理論では全てが脳の中で起こる化学物質分泌がプラス思考にもマイナス思考にも影響を及ぼすといわれている。

多くの人々を観察した結果だが、世の中には5%のプラス思考の人々と残り95%のそうでない人がいるといわれている。その5%に入れる人間は生まれつきだろうということ言われるが事実は違うらしい。生まれ育った環境が大きく影響するらしい。勿論性格は生まれつきで変わることはないが、プラス思考の人はその周りで受けた教育によることが大きいと記述されていることが多い。

これまで多くの人々、日本人だけでなく異国人にも会ってきたが、その中でこれと思えるようなプラス思考を持った人物に会ったことはない。勿論話す言葉全てがプラス思考で話す人には会ったことがあるが、そのような人も時を置いて見渡すと既に今は全く違ったところで同じように話しているだけで成果にはつながっていないケースが多い。

成果につながるプラス思考が無いことが世の中には5%のプラス思考の人々しかいないといわれる根拠かもしれない。それにしても成果を確実に残しながらプラス思考を続けられる人材はそれほどいるわけでないことは確かな気がする。人生折角生きてきただけにこのプラス思考人間を目指すことが大切だろうか。
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2017年04月26日

趣味の世界

人間には趣味の世界がある。それぞれが持つ個性に合わせて趣味も違っているのが普通である。自分も遅ればせながら趣味の世界を持とうとしている。それが、クラッシックギターであり、折紙であり、早朝ウォーキングである。何れもスタートしたのが定年間近になってからのためか、全く進歩がみられない。それでも楽しさは抜群である。

人間に趣味がなかったら、この世の争いももっと多く起きていただろうと思う。趣味の世界は人々をクレージーにもするが、平和主義を育てることもする。他人に気兼ねすることなく、又、危害を加えることなく時間を過ごすことができるので、その間は争いも起きることなく平和な時になる。趣味とはそんな面を持つ高級な遊びでもある。

世の中に趣味がなかったら、人生はどんなに変わっていただろうか。何一つ余裕のない生き方をしていたかも知れない。趣味はどちらかといえば、遊びの要素が高く日々の生活にゆとりを持たせる潤滑剤の役割を持っているといえる。それが、たまに高じてプロとなる人もいるが、いずれにせよ、殆どの人が楽しむためのものとして受け止めている。

今はギターと折紙が自分の趣味とは言いつつも、もう少し上手になりたい、人により多く注目してもらいたいというような気持ちは可笑しなものだ。人間というものはビジネスだけでなく、趣味の世界でも自己顕示欲があるのだろう。趣味の世界だから自分だけで楽しめれば良いものを、何時までも世俗的なところが、又、人間らしいのかもしれない。
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2017年04月24日

人生と空港

空港という場所と言葉がある。勿論旅やビジネスへの出発点である。これまで何十回もその空港を利用させてもらったことだろうか。テレサテンの歌の中にも空港というタイトルで好きな曲がある。淋しい別れの歌だが一人旅を続ける者にとっては心地良い響きがあり今では空港を利用する旅では手放すことの出来ないものになっている。

ビジネスで利用する空港は常にあわただしく時間ばかりを気にして動き回っている。巨大空港ではターミナル間の移動に電車を使わなければならないほど大きく、又、タイムリーに移動できなければ乗り遅れる心配もあり何となく落着かない。時として遅れや出発ゲートの変更等があり実に精神的にも疲れるものである。

全ての仕事が終わり帰国のための空港もある。其処には程よい疲れと安堵感があって一風違った感覚である。勿論テレサテンを聴きながらの機内は一人を十分に楽しめる。それが何処の空港からであっても同じように静かにその時を楽しんでいる。見知らぬ人の群れの中を一人静かに待つ空港、そんな言葉が良く似合うところである。

人生はその時々を空港利用しているようなものだろうか。多くの出来事が起きるけれど何れも何かのきっかけがあり、終わりがある。その繰り返しが永遠に続くものだろう。繰返すその中で人それぞれの人生観が生まれてくるのだろう。自分の場合それが一人になって静かにテレサテンの曲を楽しんで、又、次に備えることかもしれない。
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2017年04月18日

日々新たに

日々新たにという言葉がある。それもこの年になってから理解できるようになったのかも知れない。若いころ死ぬほど退屈な日が続いていたような気がする。胸をときめかすほどのこともなく同じ毎日を繰り返していたようだ。それが実につまらなく早く独り立ちしたいと、自分ながら貧しい考えが浮かんでは消え、消えては浮かぶ。今考えれば愚かな夢を追いかけていたようだ。

社会に出てからの人生が大きく変わったと思う。一人で稼ぎひとりで生活し一人で学んで身を立ててゆかねばならない。そんな立場では真っ先に考えて行かねばならないのが、自身の成長である。成長することなしには何の向上もありえないと知るに、必死に学ぶ姿勢に変わった。そうなると日々の生活も大きく変わってきた。必然的なことだろうと思う。

家族を持ち誰かを養って行かなければならない立場になったとき、それは大きく変わってくるものだ。自分独りであるときはそれほど生きることに負担はなかったが、家族が出来るとそれなりの準備も余裕も必要になってくる。それを日々考えて置かなければならない。そうでなければ家族全員が路頭に迷うという脅迫概念が起きてくるようになり、既に退屈な日々は遠いものになってくる。

世の中に生まれ出でて生きていくということは、日々の生活をどのようにしてゆくかということであり、世の中でどのような生活を送るかということは、何かに向かって進んだ結果あるいは成果であるといえる。断じていえることは日々の行いは、それぞれが大切にしなければならないもので、他人に制御されるものであってはならない。
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2017年04月15日

時代の流れ

時代の流れを感じるようになった。自分の考えと違う意見が出てくるようになりその対応を考えなければならないときに、特にそのことを感じる。これまでの価値観と大きく違った判断が必要になってくる。それに伴い成果も違った形で評価される必要に迫られる。時代の流れは急激に変化することはないが確実に変化してきていることも事実である。

変化ということになればこれもまたその速さに違いがある。生物を基本とする時代の流れはそれぞれの交流の仕方があり、その交流の速度により変化の速さが異なってくる。特別に遅いものは淘汰されて、適度な速度を維持できたものは生きながらえている。さらにそれが早い手段に置き換えられてくれば又それに応じて淘汰されてくるものも増えてくる。

現代社会は人間が主導権を持っているように新たな通信手段を次々と開発して勢力を広げてきているが、その裏には人間もかなわぬ形で変化を遂げつつあるものもある。既に予測されているビールス等は数あるなかでも直接的に人類を滅ぼすだけの力がある。あるいは人間そのものの中に存在する疑惑という概念が大きく影響して破壊活動につながることもある。それが今確実に可能になる時代だけに更なる交流が必要だろう。

特にわれわれ人類は知的生物といわれるだけに自らの思考で自らの未来を形作ることが可能なため多くの恩恵も受けるが破滅的なことも行うものである。それが証拠に幾多にわたる争いや戦争でその尊い命を失っているのが史実である。これほどおかしなことを繰り返す生物も珍しいことではあるがそれが我が人類である。
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