2017年10月27日

良書との出会い

以前にも書いたことだが良い本に出会ったときほどうれしいことはない。自分の知らなかった世界が見えてきたときなどたまらなくうれしいものである。現在読んでいるのは以前立ち寄った本屋で見つけたいくつかの物語をまとめた本である。これまで一度も読んだことのない人の本で文庫本だが、読む人の心に響く素晴らしい物語がまとめてある。

文庫本だけに文字も小さいので若い頃のように一度に読み終えるには眼に負担がかかりすぎるので、毎日物語を一つだけ選んで読むことにしている。これが中々おつなもので遠い昔に滅多に手に入らなかったチョコレートをこっそり隠し持って毎日一つずつ食べては悦に入っていたのと同じような気分に浸っている。

世の中には多くの人に影響を与えた人々がいる。それらの人の物語は誰かが伝えてくれなければ会えるチャンスのない我々が、知るよしもない隠された宝物である。この伝えるということは大変有用で重要な役割を担う大切仕事であり、先人の功績を十分に知らしめることを天命として受け止めておられる方が書かれたものであろう。

先人の生き方や考え方そして実践したものは大きな功績であり、それを真似て生きることも一つの考え方であり有効な成果を生み出す方法でもある。人は誰でも自分が可愛いと思うし何とか満足の行く人生を送りたいと願っている。それは年齢に関係なく生きている限りは続く願いである。私もその一人であり今後もその成果を得てゆきたいと思っている。
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2017年10月23日

雨雨雨

国政選挙があるというのだが連日の雨、しかも選挙日の当日は台風が来るという予想なので先日期日前投票を思い立って出掛けた。高齢者が多く住むこの地域では特にその傾向が強く、投票所に行った時には二重三重の行列が出来ていた。いつもの小学校の体育館ではなく狭い区役所の一室だったこともあり、混乱を極め通路は全て有権者で埋め尽くされた。

思えば雨というのを人は嫌う傾向にあるけれど雨が降らなければ生命をつなげない。人間も動物も植物も生命を育む全ての生き物には水が必要である。それは自然界では雨によってもたらされるものである。その雨がこの時期多くあるようだ、おまけにかってないほどの台風が迫ってきているということもあり、今週いっぱいは続きそうである。

人生には雨を嫌う人もあるがプラス思考で喜ぶ人もいる。個人的なことになるけれど自分の結納のときは大雨であった。それを見て雨は降り込むというから幸せがどんどん“ふりこんで”喜ばしいことだと挨拶してくれた人に今は感謝の気持ちで一杯だ。ものは考えようとは良く言ったもので、人が嫌う雨でも最高の日に呼びなおすそんな考え方があることを教えてくれた有難い人だ。

このところ世界の気候変化が激しく、場所によっては国が滅びるかも知れないというところも在るくらいで世界的な関心事となっている。その原因であるCO2を何パーセント減らすか減らさないかとそれぞれの国が主張しあっている。しかも、現実的にそれがどの程度影響あるのかも分からない状況下でCO2量が売買されているのもおかしなものである。
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2017年10月19日

リーダーと気分

気分にまかせた生き方は実に不安定なものとなる。何かちょっとしたことで人の表情は明るくなったり暗くなったりと、その日一日でも大きく変化する。気分が変わるということはその人にしっかり根付いた考えが宿していないことではないか。何を言われても動じないような考えがあれば、ちょっとした言葉によって考えが変わることもないだろう。

天気によって左右される気分というのがある、快晴の日は特別に気分も晴れるが、雨がシトシト続く日は何となく気分が滅入る。天気によって気分が変わり行動が変わり成果が違う場合は問題である。人間としてしっかりした考えがあれば天気に左右されずに成果が残せるようになるはずである。そうならないというところに人間の弱さがあるのだろう。

しかし、日々の生活の中で思うことは、人間はこのような気分に振り回されることがなんと多いのだろう。その極端な例が自暴自棄を生み出しているのではないか。人々が生きる社会で許されてはならないのがこの気分による行動ではないだろうか。気分によって左右されるようであればリーダーとしては失格であるだろうし成長も望めない。

生き方を問われたときにどのように答えたら良いだろうか。気分屋で気まぐれで天候によってもその日の気分が変わるから気をつけたほうがよいだろうとは決して言ってはなるまい。リーダーが気分で動くようであれば人々はついて行けないだろう。そこにはハッキリとした目標を示して誰もが考えを理解できる形にしておくことが大切である。
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2017年10月17日

欲望とプレゼン手法

会社勤務を続けている人間にとって欲望とはなんだろうか。年収か、役職か、権限か、仕事内容か、企業規模等多くのことが数え上げられると思う。欲望は人それぞれであり明確に言い当てることは出来ないが、マズローの5段階というような分析もされており欲望の段階によってもその強さを含めて変わってくることも明らかである。

自分の場合は果たしてどうだっただろうか、興味のある問いかけである。これまではその時々にあわせて関心も大きく揺れ動いていた。それで50年近い歳月があっというまに過ぎ去ったのだから自慢できるものではない。しかし、その中で特別に興味が湧いたのは通ったUCIで習得したプレゼン手法がその後の思考回路形成に役立った気がする。

人はそれぞれ何かを表現しながら社会で交流し仕事を重ねて生きていると思う。プレゼン手法はその表現方法をより分かりやすくしてくれるツールであると思われる。その証拠に生まれつき引っ込み思案で頭の回転も良いとは言えなかった自分が、本質は変わらないのに人前で話しをするということにも対応できるようになった。

確かに欲望は多くの点で醜さをさらけ出す場合もあるけれど、一方では人の生き方さえも変えるだけの力がある。欲望のお陰で行動が生まれて新たなステージに進むことも出来るようになる。そのことを無視しては進歩が得られないし満足も得られない。そう考えると欲望も大切な動議付けの一つであると言えそうだ。
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2017年09月22日

携帯電話考

携帯電話の出現は驚きである、特に最近の電話はそれだけで何でも出来てしまうようである。買い物の決済から手帳やウオークマン、デジカメや通訳それにインターネット。もう電話といえないような代物である。その機能が今持っている携帯に全て付随している。全ての機能が使いこなせるわけでもないのにと思うが付いているのである。

国内海外を問わず誰にもどこにも即座に電話連絡できるし、どんなに遠くても問題なくつながるのがこの携帯電話機能であるようだ。人は誰でも便利さを求めるものではあるが、その人の知的レベルまでは対応しても、それ以上は何の役にも立たない機能でもある。はたしてその携帯電話を持つ自分はどうだろうか。

10年20年という単位で見ればその変化も大きいが数年の単位では少しの変化しか見られない。それは技術の進歩の特徴でもあるかもしれない。10年単位の変化は大きな新技術で生まれ、数年単位の変化はその応用でしか生まれてこない。そこでどう社会に受け入れられて事業として成り立つかは経営者の経営力につながるのかもしれない。

携帯電話で見る限り今はその技術の応用力が大きく物言う時期であるかも知れないが、自分が抱えている問題はどうだろうか。特別の新技術はなく繰り返し使われる技術で十分に対応できている。使っているのは専ら音声通話だけで、それ以上はなかなか使いこなせていない。それでも持ち歩いているのである、自分の愚かさを証明するが如く。
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