2017年04月15日

時代の流れ

時代の流れを感じるようになった。自分の考えと違う意見が出てくるようになりその対応を考えなければならないときに、特にそのことを感じる。これまでの価値観と大きく違った判断が必要になってくる。それに伴い成果も違った形で評価される必要に迫られる。時代の流れは急激に変化することはないが確実に変化してきていることも事実である。

変化ということになればこれもまたその速さに違いがある。生物を基本とする時代の流れはそれぞれの交流の仕方があり、その交流の速度により変化の速さが異なってくる。特別に遅いものは淘汰されて、適度な速度を維持できたものは生きながらえている。さらにそれが早い手段に置き換えられてくれば又それに応じて淘汰されてくるものも増えてくる。

現代社会は人間が主導権を持っているように新たな通信手段を次々と開発して勢力を広げてきているが、その裏には人間もかなわぬ形で変化を遂げつつあるものもある。既に予測されているビールス等は数あるなかでも直接的に人類を滅ぼすだけの力がある。あるいは人間そのものの中に存在する疑惑という概念が大きく影響して破壊活動につながることもある。それが今確実に可能になる時代だけに更なる交流が必要だろう。

特にわれわれ人類は知的生物といわれるだけに自らの思考で自らの未来を形作ることが可能なため多くの恩恵も受けるが破滅的なことも行うものである。それが証拠に幾多にわたる争いや戦争でその尊い命を失っているのが史実である。これほどおかしなことを繰り返す生物も珍しいことではあるがそれが我が人類である。
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2017年04月10日

引篭り

世の中に引篭りということばが流行りだして何年になるだろうか。二十歳を過ぎた大人が自宅から一歩も出ないで一日中部屋で過ごす生活を続けることを言うらしい。それを聞いた当初はそんな病気があるのかと思っていたが、最近自分自身がそのような生活を行うようになって少々考えも変わって来たようだ。

とにかく退職後は家でのんびりしたくなって外に出る気があまり起こらないのである。以前は家にいるのが退屈でたまらないものであったのが、今は家にいて自分の好きなギター練習や、折り紙あるいはTV番組を見るのが楽しくてたまらない。それがこの数年続いているのでそれを称して引篭りになったと思うようになった。

人生、生まれたときから死ぬまでにその価値観が大きく変わってくるのだろうと思う。果たして自分はどうだったのだろうか。母と過ごした幼年期には死というものがとても怖いものであったし、思春期においては異性が最重要に思えたし、社会に出てからは仕事の内容が重要であり、そして今は家族が安心して暮らせることが大事と思っている。

人それぞれにその価値観が変わるように、その行動も価値観に合わせて変わってくるのが当然のことだろう。自分の行動の中に引篭りというようなものが生まれてくるとはとても思わなかったけれどそれが普通に自分の中で違和感なしに消化されている。それもこれも人は変われることを証明しているのだろう。
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2017年04月05日

仏滅を思う

どちらかといえばこれまでこの言葉は不吉なものかなと思っていたが、どうもそうではないようだ。人それぞれの受け取り方であり心の持ちようであるような気がする。なぜか知らないが、仏滅の日にこれまでの憂鬱さが一気に吹き飛んだ気もする。それは気持ちの持ちようであり考え方しだいのような気がする。果たしてそれが正解かどうかはこれも又、時間が経たなければ確認できないことではある。

人は仏滅を忌み嫌うようであるが、自分は何かとこの日が良いことが起きるようである。意識していた訳ではないが、起きた結果を振り返る限りはそんなことが繰り返されている。同様に四という数字もあまり好まれないようだが、自分にはラッキーナンバーと思える数字である。最も安定した数字であり、平和な分け方が出来る偶数である。今自分の一番好きな数字はといわれれば迷いなく四ですと答えられる。

世の中に生きている人々は何かによりどころを求めているのかも知れない。それが占いを流行らせ、何の根拠もないものに意味づけをして自らの行動を正当化し、心の落ち着きを得ているのが真実のような気がする。そんな中で自分は何がそうさせているのか、仏滅が自分の幸運を呼んでくれる日になっている。
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2017年03月15日

高い感度

人それぞれに持ったものがあると思われる、ここにあげる感度はその典型的なものだと思う。何事にも良く気が付いて、人生の先読みをしながら対応して行ける人とそうでない人がいる。世の中がどのように変化してゆくかを考え付く人とそうでない人がいる。それを事前にシナリオとして提供できるところまで考え抜ける人は、その対応策まで考えられる。そうでない人は、教えられて初めて気が付くか教えられても解らない。

別な言葉ではこれまで変化の流れをキャッチ出来る能力と解釈してアンテナと呼んできた。以前みた米国映画で職を失い妻と別れて、子供を引き取り浮浪者となり、駅のトイレに眠る生活までに落ちた人間がいかなるものかを映し出していた。例えば国内外の変化の流れが人々の不安材料となり色々言われている。その対応策をどうするかと云う状況の中で、国家・社会・家庭としての旗振り役は感度を高め今後しっかりした方向付けを持って対応してゆかねばなるまい。

今、まさに多くの人々がそれを試されていると思う。ビジネスは、成果で評価されるだけにはっきりしているが、凡人として生まれ育った身は人を導くだけの感度を持ち得ていないので感度の高い人々の導きにすがることになるだろう。しかし、最近のネット社会での風潮は船頭が多くてどの考え方が正しいのか見出すのが難しいので高い感度を必要とする。
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2017年03月14日

世代交代

最近世代の差を感じることが多くなった。これまでどちらかというと能天気な自分はあまり年代差を感じず皆と一緒になって騒ぐことが多かった。考え方の違いとか興味の違いとか、それはそれで在ってしかるべきなのだが、その結果として以前には感じなかった寂しさがある。時代の変化を思うにあまりそれにこだわるつもりはないが、気になるところである。

年齢的に自分の体力が落ちたのかと思ったりしてはいるが、そうではないだろうと思っている。物事への集中力は未だ誰にも負けないと自負できるし、実際それが可能な状況にあることも自信をもっている。特別に弱気になっているわけではないが、外からの刺激が続くのが何となく面倒に感じているのかも知れない。

ビジネスを離れた世界にどっぷりと浸かっている現在、気分の浮き沈みは避けられないだろう。これまでのような上昇一方の時代が続くとは限らないし、今回のように気分の落ち込みを感ずることもあると認識すれば、そのこと自体を楽しむこともできるのではないか。そう思うことで退職後の人生も楽しいものである。

それにしても世代交代は確実にあると思うので、次の世代を育てて行くことが自分たちの責務であると思う。人は誰でも自分の考えを共有出来る後継者を捜すには時間が必要と思うだろうけど。自分としては何とか早急な手当てをしておきたいと願う。そんな気持ちを次の世代にメッセージとして伝えられる人がいればうれしいと考えている。
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