2017年06月07日

達磨と鏡

たまたま知人と食事を一緒にすることになり、話すときの目の動きが気になった。これまで多くの人々と顔を合わせて話をしてきたが、日本人には相手の顔を見ながら話すということが苦手のようである。勿論自分も同様であると理解している。それを変えるきっかけを得て、今のような習慣にすることが出来るようになったのだろう。

社会に出たての頃、田舎育ちの自分には何となく劣等感から人前で話すことは苦痛でしかなかった。たまに人と話すことがあっても、まともに相手から目を向けられると気分が落ち着かずそれを避けようと早口になったり眼を背けたりしていた。ある時たまたま手にした自己啓発の本を読んで面白いと思って鏡と達磨を置き始めた。

それ以来、自宅に鏡と達磨を置いている。これは自分が相手の目を見ることの恐れを無くするために役立ってきたと思う。人は皆、自分に弱さがあると他人の眼を避けたいという気持ちが自然に起きて来るらしく,無意識に目をそらすようである。それに打ち勝つために毎朝鏡の中に映る達磨と自分の眼を見ながら無意識に話しかけている。

これからの人生の中でも同様な無意識の癖があるだろう。それを克服することも重要なことだが、先ずその癖に気づくことが第一である。気づくことなしには人は自分自身を変えることは出来ない。その意味で自分が納得できることを教えてくれる鏡というメンター同様の存在は重要である。気づいてからは直すも直さないも全て本人しだいである。
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2017年06月05日

意欲から思いやり

成功する人間かどうかはその人の持つ意欲の程度で決まるような気がする。多くの人と接して来たが、その後成功した人とは決まって意欲あった人が多い。それにもう一つ言わせてもらうと性格の良かった人が多い。この場合単に人が良いということではなく、はっきりした自分の信念を持ち曲がったことをしない率直な人のことである。

そのような人々と人生の中でめぐり合うことになれば最高である。自分の場合幸いにもそのようなことが重なってとても嬉しいことである。好きな仕事に就けたのも、それらの人々に助けられたことが多いと思っている。同窓生の中でも目立つことなく成果も殆どなかった自分が好きな仕事を続けられたことが不思議なくらいなのだから。

いろいろな経験は一つ一つが貴重な宝であり、それに巡り会えたということ自体自分は運が良かったといえるのだろう。それなりの成果も少々あったかもしれないが、それさえも何かに導かれていたような気がする。それだけに今後の人生で多くの欲を出すことはしたくない。出来れば世の中を楽しく過ごせるような社会貢献が出来れば有難い。

意欲ということではそのような訳で若いときと老年の今では少々変わってきているようだ。若いときの意欲はどちらかといえば自己中心的欲求が主体となり、他人に対する思いやりは弱かったし、気づかないことが多かった。大人になり老年になると昔受けた恩が、思いやりにかわり表に出てくるようになる。これからの人生がさらに充実するかどうかは御心にもよるが、この思いやりが出来るかどうか重要になってくるのだろう。
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2017年05月30日

和やかな生活

人は皆その未来像に夢を持つとよく言われることだが、大金持ちになるというような内容の本が一時的に話題の中心となってよく売れていた。当時からお金とは無縁で大金持ちになるのが自分の夢ではないと粋がっていた。しかし、そこに書かれた内容がプラス思考になっているという面では面白く思っていた。

定年退職し高齢者としての現在の生活は大金持ちとは依然として縁遠いものだが楽しいものでもある。十分に必要な時間がありその時間も楽しんでいる。人それぞれに価値を見出しているだろうが、自分には今の時間配分に大変満足している。和やかな生活と自分の趣味を生かせる時間があって素晴らしいといわざるを得まい。

夢実現のためにはそれぞれ実行計画が必要であろう。単に夢を見ることだけでは何も成果を生まないことも事実であるが、全ては夢を見ることから開始する。それは非常に小さな和やかな生活を過ごすことかもしれないが、遠慮せずしっかりと自分の頭の中に植えつけることであろう。実際問題そのことの出来るかどうかが、夢実現に関係するのだと思う。

ここに来て回りのマスコミから不安を煽り立てているようなニュースも流されているが、実際それほど深刻なことなのだろうかと考えている。人は常にオーバーに考えて逆に振り回されているのが現実ではないだろうか。それを避けるためにはじっくりと自分の身の回りの変化を見直してみる必要もあるのではないだろうか。
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2017年05月27日

静かな日常

このところ静かな日常生活を送っている。特に休日の過ごし方が若いころの自分と大きく変わってきているようだ。何もかもが新鮮で夢も希望もとてつもなく大きかったころは、いろいろなことに興味を持ち何とかそれらを手に入れたいと願ったものだ。若いころは山歩きも知識欲も強く、なけなしの給料と有り余る時間をそれらに投資したものだ。

それから40年以上も過ぎた今は、どうしたものか知識欲も大幅に縮小し老後に向けた対策へと興味が移ってきている。それはギターであり折り紙であり読書でありと、何も苦になるほどの努力を必要とせず進歩もしないことに時間と金を費やしている。引籠りという言葉があるが、それが最近の日々の過ごし方である。

趣味の一つとしていた折り紙だが、最近折ることが少なくなった。折り紙は十数年飽きずに続けられて趣味の一つになっていた。機内で折った折り紙をCAが大げさに喜んでくれたこともありいつの間にか続けられたようだ。おだてに弱い自分を証明しているようで情けない。それにして今後静かな日常とどう向き合って行くかだ。

以前電話で話した兄が現役時代を懐かしがっていたが、真実の言葉かもしれない。日常生活を今のようにのんびりと過ごしているのもこの数年かもしれない。緊張の無い生活が如何に退屈で老化を加速するものであるか何度も見聞きした。現役時代は、のんびりと過ごす今の自分を夢みて早くリタイアしたいと口では言っていたが現実的ではない。
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2017年05月23日

プラス思考人間

人間はちょっとした考え方の違いで大きく変化する動物であると思える。小さなことにくよくよするなという本を読んで思うことは日ごろストレスに感じるところが嘘みたいに消えてゆくこと。それにNo1理論では全てが脳の中で起こる化学物質分泌がプラス思考にもマイナス思考にも影響を及ぼすといわれている。

多くの人々を観察した結果だが、世の中には5%のプラス思考の人々と残り95%のそうでない人がいるといわれている。その5%に入れる人間は生まれつきだろうということ言われるが事実は違うらしい。生まれ育った環境が大きく影響するらしい。勿論性格は生まれつきで変わることはないが、プラス思考の人はその周りで受けた教育によることが大きいと記述されていることが多い。

これまで多くの人々、日本人だけでなく異国人にも会ってきたが、その中でこれと思えるようなプラス思考を持った人物に会ったことはない。勿論話す言葉全てがプラス思考で話す人には会ったことがあるが、そのような人も時を置いて見渡すと既に今は全く違ったところで同じように話しているだけで成果にはつながっていないケースが多い。

成果につながるプラス思考が無いことが世の中には5%のプラス思考の人々しかいないといわれる根拠かもしれない。それにしても成果を確実に残しながらプラス思考を続けられる人材はそれほどいるわけでないことは確かな気がする。人生折角生きてきただけにこのプラス思考人間を目指すことが大切だろうか。
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