2017年09月14日

夢と希望と活力

最近ふと浮かんできたことだが、若い頃の自分の夢は何だったろうかということである。自分の夢を語れる人はどんなにか素晴らしい人だろう。それに向かって日々努力している人の美しさは、何にも代えがたいものではないだろうか。夢の大小や現実か非現実かそれも見えない中で夢を語る人もあるだろうが、いずれにしても素晴らしいにつきる。

自分の過去の夢はどんなものであったろうか。現在の夢は人に語れるものであるだろうか。当時発売され始めたテレビを扱う技術者を目指し、一年もするとさらに大学に通う夢をもち、英語の難しさを経験すると語学力をつけたいと、そして美しい音色を聴くと弦楽器にと、次々と夢は変わってきたがいずれも中途半端ではなかっただろうか。

現在取り組んでいるクラシックギターも口に出しては言えないけれど、歳を重ねて人生の残り時間も短くなり、記憶緑を含め何もかもが衰えを感じる中では、ますます厳しいものになって行くだろう。それでも自分の夢を持てることは幸せなことだと感じられずにはいられない。夢の結末については知る由もないが、運命に導かれることになるだろう。

いずれにせよ夢を語れることは希望を持ち続けているわけで、素晴らしい人生を歩いていることであると思う。この世で自分の未来を見つめられる人であり、遠くの星の光をガイドに暗闇の中を切り開ける活力のある人だと思う。自分もそのような気持ちで生きてゆけるだけの夢と希望と活力をこれから先にも持ち続けたいと願っている。
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2017年09月08日

眼鏡の効用

以前見たガイアの夜明けという番組で脳に優しい眼鏡の開発をした東海光学のことを知り、めがねを作り変えたことを思いだした。検眼し過去のデータと比べたところ、めがねを変える必要性を感じたので、当時そのような訳でいつものメーカではなく東海光学のレンズを使用して作ってもらうことにした。果たして本当に目の疲れがなくなったのだろうか。

仕事上でパソコンを使う事が多かったし、現在も利用しているので目の酷使が続いている。仕事内容も基本的な知識レベルが低すぎたことで、夜学や読書による習得を目指したこともあり目を酷使する機会が多かった。それが原因とは言えないまでもそれまでの眼鏡の交換頻度は以外と多く既に二桁台の眼鏡の数になっていた。それほど視力の変化が大きかったといえる。

その時新調した眼鏡を今もかけているが、このところ目に疲れが残ることが多いので眼科で相談した。検査室で視力・視野・眼圧等色々検査した後に視力を含め至って正常で特別なことも必要ないという。ふと例の脳に優しい眼鏡のお蔭だろうかと考えていると。最近良く聞くようになった、又もや“年齢的”に目の筋力が弱ってきているせいですとの説明。

世の中に眼鏡がなかったら自分の人生はどうなっていただろうか。情報や知識の約85%は目から取り込まれるといわれているので、これまでとは全く違った人生になっていただろう。自分で言うのもおこがましいが、眼鏡のお陰でいろいろな経験もあり、知識を得る機会も多かったと思う。概して眼鏡には感謝こそすれ恨みはいっさいなし。
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2017年09月06日

人生と思い出

最近は日本人の寿命が大幅に伸びているので、いつから年寄というのかも定かではないが、年老いて思い出のない人生は不幸であると言われています。ものの本によると昔の人は今より短命であったようだ。平安時代には四十歳まで生きるとお祝いをしたということらしい。“命長ければ恥多し。長くとも四十に足らぬほどにて死なんこそ…”と吉田兼好法師が述べているらしく、手ごろな寿命だったのかもしれない。

しかし、その後は平均寿命も六十歳代、七十歳代を上回り、現在は八十歳代平均にまでのびてきている。そのような訳で何歳をもって年寄とするかは人により、国により、時代により必ずしも明瞭ではない。そこで退職した以降、自分で年老いたと感じ始めてからと考えることが理にかなっているかもしれない。

年老いたと感じるそのころ残る思い出とは何だろうか。充実した少年時代、恋多き青年時代、恵まれた仕事、幸せな家族、交友関係等、思い出というものは何であっても良いと思われます。出来れば後味がよく、さわやかなものであって欲しいが、中にはほろ苦い思い出やつらいものもあるだろう。人間どちらかと言えばつらい思い出が強い印象として残っていることでしょう。何れにせよ思い出はその人の宝と言える。

しかし、年老いたといっても思い出しか残らないと決まったものでもなければ、思い出を新たに作れないというものでもあるまい。若い頃と違い動きは少々ゆっくりでも、お喋りと経験談には事欠かない、何も年老いるのを黙って思い出すら語れないような人生を静かに待つことはない。その年齢に応じて良き思い出を残しつつ、老年に向かって新たな活動に挑戦し新たな思い出作りに充実した日々を過ごしたいものだ。
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2017年09月03日

クーラー考

今年も暑い夏が続いた中でのクーラーは大変有難かった。クーラーのある部屋の中で過ごす分には快適な生活である。家族全員クーラーのお陰でこの夏も何とか無事に過すことが出来て一安心だ。クーラーは人工的だといわれようが、人の活動には欠かせないものとなっている。クーラーの効いた部屋でギター練習を楽しみながら思う幸せの時である。

都会に暮らす人間はそのままの環境で生活するには厳しいものがある。特に夏場は都会特有のコンクリートジャングルの照り返しがあり、夏の暑さはさらに暑くなり人が単独で歩きまわれる状況にはない。それほど外の温度は高く、以前と比べたらどうしようもない暑さである。その環境でクーラーは限られた空間ではあるが快適な生活を提供してくれる。

最初にクーラーを購入したのは結婚を機会に集合住宅に引越ししてからだろうか。あまりの暑さに我慢ならずに買ったような気がする。当時は電気代が高いということもあり、クーラーは贅沢品の一つとなっていた。それでも勤務地の変更に伴い十数回の引越しを経てきたが、いずれもクーラー無しには過ごせなかった。

現在のクーラーも未だそれほど古いものではないので嬉しいが、さらに温暖化と共に高温になるであろう温度の上昇は止められないだろうから、その場合の対応策を見つけておく必要もある。出来れば快適に過ごせる避暑地を見つけて、老後の生活をいかに有意義に過ごすかのほうがより関心ごととなっている。クーラーを必要とせず老後のケアが十分に整った環境を楽しめるような余裕も欲しいものである。
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2017年09月01日

経験知を考える

経験知というものはリスクを減らしてくれる最高の指針であると共に、場合によっては最大の障害でもある。何かことを起こすにも誰もが思い浮かべるのが、同様な場合が過去になかったかというところから始めるのが常人の常である。その経験知が新たな分野においては、大きく立ちはだかってなかなか新たな考えに結びつかない。

経験知とは、過去の体験の中で成果を出した思考回路がいわば習慣化したものであり、成果につながった理由を経由しないで、それ自身で答えを出すことができる独立した見識である。経験知はそれだけに若い人よりも年齢を重ねた人に強く現れてくる現象である。しかし、厳しい言葉で言えば経験知は瞬時に答を出すことが出来るが、新たな事象については融通の効かないことが多い。それが自分を含めた高齢者に多い現象である。

現在多くの日本企業は世界市場に向けた取組みを続けているが、これまで国内において絶対的な強さを持って市場を動かしてきた組織では、経験知が大きな障害となってなかなか意見の統一が出来ない状況にある。世界市場開拓は日本企業においては生き残りに必要であり、そこで通用する製品の考え方をどのように構築してゆくか苦しんでいる。

従来、日本企業は既に出来上がった市場に改良を加えた製品を投入する競合戦略が基本で得意とするところであった。先端国市場の動向が日本市場に波及する際の遅れを使って、日本市場における主役を維持する方法であった。この方法は日本では主役のように見えるが、世界的な視野からすると基本的には人まねの領域をでていない。
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