2017年01月07日

事前の検討

何かを進める時に十分な下調べが必要なことは明らかである。如何に経験豊富な人であろうと素晴らしく感度の高い人であろうと何処かに抜けがあり十分とはいえない。調べた中からシナリオに沿って検討してゆくことの大切さがある。物事はシナリオどおりに行くこともあるがそうでない時もある。その時に応じて対応してゆけるのは事前の検討があったかなかったかに大きく依存するものである。

仕事と言うものは楽しさが伴わなければ大きな成果として現れてこない。何としてもそのことを前提に仕事と言うものを考える必要がある。自分の場合特にそのことを感じるに自分が企画したものには必ず楽しみを加えることにしていた。人は誰もが自分を大切に思っているものである。自分が主役になれるのは遊び心があるかどうかで大きく異なる。

人間楽しくなると言うのは悲しくなるとは逆のケースである。楽しさと言うのは自分が十分に認められ個人として満足を得られるときに自然発生的に沸き起こる感情である。逆に悲しくなるとは何一つ認められず否定されることであり個人の満足感が全く起きてこないために気分的に打ちのめされた気分になり悲しくなるのである。

検討と言うのはそのような人間の状況を成果に結びつけるためにどのように対処してゆけるかということを具体的に考え対処方法をあれこれ考えることである。検討することで人間の感情を楽しくするための環境整備も考えることになる。そのことが仕事の成果ともつながることになり影響を及ぼすと考える。
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2017年01月06日

先人達の知恵

これまで多くのことで、先人達の知恵と考え方に助けられて来たと思う。古希近くにもなると、人生も終わりに近い状況にある。これまで自分を形成して来たことも、導かれて来たことも、全てを振り返られる年齢になったということだろう。お陰で会社人生もそれほど苦労することなく自分のような者でも、幸いにも最後まで勤まった。

社会生活の中で色々なことに興味を持ちそれらを続けられたことで、次々と色々な仕事を続けることになって、少々の成果を得られる毎にポジションも上がって来た。人に後ろ指をさされることなく、その成果から皆も納得して許してくれているのではないだろうか。それもまた、これまでの自分が色々な事を手掛けることになって来たと思う。

百年に一度の不況とも言われたリーマンショックも経験したが、最近は自国の変化よりも他国の状況が大きく影響するようになり数多くの軋轢も生まれてくるだろう。そんなとき自分の心の支えになってくれるのが、先人達の知恵であり教えであると思っている。それがどのようなものか、自分には想像もつかない状況であっても先人の教えは生きて来る。

これまでに多くの先人達に学んだが、はっきり言えることはそれぞれが人格者であるということである。何らかの形で成果を出し、苦しい状況からの脱出を可能にした先人達の多くが、いつまでも慕われていると言う事実もある。これもやはり人格者であるが故に慕われて誰もが素直に教えを乞うのではないだろうか。
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2016年12月29日

希望について

人は希望が持てなければモチベーションが湧かない。これは明確なことのようである。その希望はどうやって生まれるかといえば些細なことである。故郷のチームが初優勝を飾ったニュースが流れれば自分自身にもという希望が持てるし、何か珍しいものを見つければそれだけにラッキーだと思い、好きな人の言葉を見つけると自然に嬉しくなる。

人が生きて行くためには希望が欠かせない。誰もが落ち込んでゆく自分を見つめながら生きて行けるだけの神経の太さを持ちえていない。人それぞれに耐えられるレベルは異なるけれどいつまでも続けられるものではない。そこには必ず限界がある。希望を持つということはその限界を乗り越えた先が見えるということではないだろうか。

限界の先に明るい未来が見えるので限界を超えることを躊躇しなくなり果敢に勇気を得て乗り越えてゆく元気が生まれるのだろう。そうでなくては日々の僅かな障害さえ厳しいものがあるだろう。乗り越えられずに暗く淋しい人生を見据えた生活が続くのではないだろうか。人間誰しも生きて行きたい願わくは幸せな気持ちを持ち続けたいと思うだろう。

希望という言葉について昔流行した歌があった。悲しい現在において希望という未来があるから生きて行くというマイナーな調子のメロディだったが多くの人が涙を流しながら聞いていたと聞く。それだけに人の感動を呼び起こす言葉ではあるが確実にこれが希望だと決め付けることもできない。時の流れの中で薄められて消えて行くようなものである。
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2016年12月28日

本との出会い

これまでの本との出合いが自分の精神面を形作っているといえるだろう。ヒルティの言葉を拾い集めた文庫本、それも古本との出会いから始まった本との関わり合い。これまでの間にどれほどの本を買いどれほどの時間と資金を投入したかは分からない。それでも相当なものになるだろうとは部屋に積まれた本の数から分かる。

集めた本との出合いは出会ったときの自分の精神状態によるところが大きいだろうと思う。性格的に引っ込みがちなところを前向きな考えにしたいという強い願望から自己啓発書を多く買い込んでいる。次に多いのがビジネス書だろうか多くの成功者の本を読み続けている。中には大変役に立った人もいてありがたく思っている。

人間性というものも興味の一つとして自分の要求の中にあった。先人で尊敬できる人がいればその人の本を買い込んでいる。人間の考え方や行動というものは人間性によるところが殆どである。それが分かってきたのもごく最近のことで少々恥ずかしい気持ちもあるがうれしいものでもある。如何すればよいかという方向が見え出したということである。

素晴らしい人に出会うのは極めて難しいけれど、素晴らしい本に出会うことは出来る。先人で人間性の良さを持って知られている人の本を読めばそのエッセンスを殆ど無料で知ることが出来る。これは実際に出会うことなく得られるものである。又、多くの人に支持されている人の考えや生き方を見て自分も同じような人間になりたいと考えるとき、それもまたその人の著書を通して考え方や生き方を知ることが出来る。出会いとは人だけでなく本にもある。
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2016年12月23日

散歩して思う

広い公園を散歩した、大またで歩くのが良いと何時ぞやのTV番組で伝えていたのでそれに従った。大またで歩くことは大腿筋に刺激が加わり血液の循環を良くするとのこと。確かに一回りするころには背中に汗が出てきて太ももの筋肉の疲労を少々感じるほどであった。

人の人生はこのような日々を経ながら流れて行くのだろうか。我が家族もその流れの中で進んでいるのだろうか。今の社会は将来の見えない状況が続いており、何を頼りに生きてゆけるのかも見えない。人々は勝手気ままな生き方をする人もあれば、しっかりと自分で新たな道を探す人もいる。昔ながらの生き方をする人もいる。

何の変哲もない生活の中で散歩をして思うことはそんなことだろうか。人は誰しも素晴らしい人生を夢見ているけれど、実現することは違ったものが多いかもしれない。それでも夢と一致する数少ない出来事があれば幸せに感じるのである。これまでの人生は自分にどういうものであっただろうか。一つ一つを結び付けるものは自分の夢だっただろうか。それとも時代の流れの中で生まれて来たことだろうか。散歩はいろいろ思いをめぐらす。
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