2017年08月11日

動機付け

仕事については以前にも書いたことがあるけれどどのように定義してよいものだろうか。確かに仕事は経済的な面から支えてくれたことは確かである。当初は日々の生活が苦しいほどの収入でスタートしたけれど、四十数年後は普通の生活に困ることはなく、ひもじい思いもすることはなくなった。しかし、あくまでも生活面でのことではある。

同様に動機付けという面から考えた場合はどうだろうか。特別な能力もないのに何かに上達し、それを利用したビジネスを夢見ていた。その一部が実現したのか、それとも未だに道半ばなのかわからないけれど日常の仕事として取組んできた。おまけに趣味の世界にも興味を持ち、少なからず其の方面にも手をのばし続けてきた。

これから先動機付けとして何が待ち受けているのだろうか。自分が求めるものがどのような形で実現するのだろうか。幸せなことにこれまでの自分の人生は運に恵まれていた。他人と比べ多くの面で不足していた自分が、今は其の他人同様に多くの仕事を得て楽しめたことも運に恵まれていたことではないだろうか。感謝・感謝である。

これまでを振り返ると自分に何を課すか、そしてそれをどれほど真剣に継続できるかが大きく成果に結びつく世界であることを知る。これまでに自分が成しえたことは他人から見ればたいしたことではないだろうが、自分にとっては過分なほど恵まれて来た。これからもしっかり前を向いて取り組む姿勢を持ち継続してゆくことが大切だろうと思う。
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2017年08月10日

志し考

人生において生きてゆくのに最も大切なことは志であると吉田松陰が述べている。幕末の変化の大きな時期において二年半という短い期間に松下村塾で沢山の逸材を輩出した其の考えは歴史に大きな足跡として残っている。これまで名前だけは聞いていたもののあまり関心を示したことはなかったが、本物に学ぶ生き方を読む中で知ることになった。

以前読んだ松下幸之助の開塾した松下政経塾も其の名残だろうか。歴史の中に何かを残して来た人というのは自分の考えがはっきりしている上に何かをなすのに迷いが少ないのかも知れない。自分の考えを広めるための手段として塾を創設して将来ある人々を集めて夢を語っている。平凡極まりない自分から見れば素晴らしいことでありうらやましくもある。

今回の吉田松陰の話は29歳という短い生涯の中の二年半という期間が明治維新からその後の政治運営に大きく影響を与えたとなっている。特に維新の起爆材となって我が故郷である薩摩をも動かしているという。其の考え方の示すところは大いに参考にすべきものであろう。当時とは全く違う社会環境ではあるが考え方の中に志が大切なことは変わらない。

身近な自分を振り返ってみるとどのような志があったのだろうか、これから先の志として価値あるものを持っているのだろうか。この歳になるまで夢中で過ごしてきたような気がするので、それなりの生活が出来たが、其の分歴史に残るようなものは殆ど無きに等しい。しかし、それもでも志が大事と言われれば、黙ってそうですねと答えるしかない。
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2017年08月03日

職業選択

古いメモが残っていた。ありがたいことに航空会社が提供しているもので、これまで何回かこのサービスを受けている。交通事情と運転手の対応の仕方によりそのかかる時間は一時間から四時間と大きく変わるのが難点であったが、長旅で極端に疲労困憊した体には空港から自宅まで何もしなくて済むことが楽で大変ありがたかった。

その運転手にも色々な人がいるようである。離婚を機に運転手になった女性、自営の日本料理屋が潰れて運転手になった人、転職して運転手になった人、もともとから望んだ人、実にさまざまな人に巡り合ったが、最も短い時間で運転してくれた人はもともと希望した人だった。最も長い時間かかった人は離婚を機になった人であった。違いははっきりとして、仕事への取り組み姿勢である。片や運転手のプロを目指し、片や生活の糧としての姿勢だろう。どんな職業に就こうがそれはいえることだろう。

自分も今の仕事をどんな気持ちで進めているのだろうか。生活の糧だろうか、プロとして一流の仕事を目指すのだろうか、それとも楽しみを得るためだろうか。そんなことを考えながら今このメモを書いている。仕事とはやはり自分が好きで、楽しめて、没頭できるものであり、常に一流を目指すために努力できるものであり、且つ、生活を支えられるものでありたい。

ハイヤー利用という昔なら贅沢の一つに思っていたことが現実になって自惚れ心をくすぐるがそれに気を許してはならない。このところ現在の仕事を利用するようなことがないか気にかかるところである。自分の本質は忘れずにしっかりと前を向いて進む必要がある。特にエゴと自惚れが起きやすい自分の心を戒めるためにも。
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2017年07月24日

心通うひと

最近のことかも知れないが時間的な余裕が持てることもあり、出来るだけこれまで話したことのない人と極力話すことにしている。そこで得られることは意外性を持ったものでもあるが、この心通う思いを感じた時ほど楽しいことはない。人生が人との交流でこれほど満たされた気分になるとは大変嬉しく楽しいものである。

現役時代はビジネス上での軋轢を多く抱えこんできたことを考えると、今回の心通う反応は大きな驚きであり発見である。人生にはこんな楽しみもあったことを知り、今後ますますこのような出会いを、大切にしたいと願わずにはいられない。今頃になって何だといわれそうだが、それを知ることに早い遅いはあってもそのことを楽しめるかどうかが大切である。

人は誰もがその人生で多くの人々と言葉を交わして来たが、その中で今回のテーマである心通うところまでつなげられた人が何人いただろうか。その数が多い人ほど幸せな人ではないだろうか。自分に照らしてみてもはっきりするのは数えるほどの人しかいないということではないだろうか。それほど難しくもあり有難くもある心通うひとである。

心通うひととの出会いは楽しくうれしいものである。心通うとは話すことに真実が宿る人のことである。このように話すと直ぐに恋人や夫婦同士を思い浮かべるかもしれないが、それだけとは限らない。初めて会った人だろうが、めったに会わない人だろうが、そんな中にも心通うひとはいるものである。そんな時心躍るような楽しさを味わうことが出来るのが嬉しい。
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2017年07月13日

疎外感

誰しも人間が感じることのあるこの気持ち、決して落ち着いて対応できるものではない。それだけに疎外感を感じた人はネガティブ思考になってしまう。自分は相手にされていないのではないか、自分を外そうと考えているのではないかそんなつまらない考えを浮かべがちになる。疎外感はあくまで感情であって事実と異なることが多いのだが、それでも頻繁に起こるものである。

何か事を起こそうと考えるときに人は皆まわりを疑心暗鬼に探り始める。そこに解決できる確固たる情報はないと分かっていても人間の性というものだろうか。昨日で退職して四年が過ぎて人生これからどんなことが待っているのだろうか。自分ながら先の見えない不安が残るが前向きに対処してゆかなければならないと考えている。

現実の厳しさの中でなかなか思うように行かない中で不安定になりがちな心情を反映してかこの疎外感というものを考える。何としても自分の夢を実現させる必要があるだけにこのような考えが横切ることさえ許してはならないと思う。もっともっと自分を磨いて社会に貢献できるように成果を出してゆきたい。
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