2016年10月09日

青春の夢

未だ20歳代のころ色々な夢と希望を持つと同時に、何を信じて生きて行けばよいのかと思っていた頃だったと思う。ヒルティの言葉の中に次のような一節を見つけてそういうものなのかと何かこれから先の道案内を得たような気持になった言葉である。

<<およそこの謎のような人生を渡ってゆくためには、大別して四つの道しかない。宿命論、ストア主義、利己主義、および信仰である。われわれはすべて考えて、あるいは、知らずにそのうちのいずれかの道をあるいている。しかし、その結果はさまざまだ。第一の道はひとを無感覚にする。第二の道はひとを冷酷にする。第三の道はひとを悪くする。ひとり第四の道だけが、この地上で可能なかぎり、ひとを良くし幸福にする。>>・・・・ヒルティの言葉より
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2016年09月04日

苦労について

いずれにしても人間は、一生に一度は苦労する必要がある。それは自分自身が正しい道に行きつくためであり、また他人の重荷に対する理解を得るためである。
<<ヒルティの言葉より>>

人間だれしも上手く行かないことがあると色々と悩むものである。青春時代は夢も希望も限りなく大きくその分上手く行かないで自己嫌悪に陥ることが多かった。社会に出てある程度社会の仕組みに慣れて来ても更に多くの不満が募るのが常だった。そんな時出会ったヒルティの言葉だったが、当時はその意味するところが中々理解できなかった。恐らく現代の若い人々にも同じく理解され難いだろう。しかし、高齢になって自分の人生を振り返るころになると、なるほどと思わずにいられない含蓄の或る言葉である。
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2016年09月01日

苦難への考え

喜びに対してはむしろ警戒することを学びとった結果、喜びよりもかえって苦難の方をよしとする境地に我々は行き着くことが出来る。そうなれば、人生の最大の難事はすでに過ぎ去ったのである。

苦難というものを、ただ出来るだけ早く取り除こうとしたり、あるいは全く受身的に、我々に出来る限りにおいてストア的な無感覚さで、これを耐え忍ぶというのは、どのみち正しい事ではない。

むしろわれわれは苦難を種まきの時期として利用しなければならない。そこからやがて祝福の実りがみのり得るのであり、種まきの時は、一度過ぎてしまえば、そう簡単に、また同じ仕方で二度とやって来ることはないのだ。

ある大きなよい仕事の主要な困難は、勝利がほとんどかち得られた時になってやっとわかるということは、神の最大の恩恵の一つである。そうでなければ誰も戦いを始める勇気すら持ち得ないであろう。<<ヒルティの言葉より>>
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2016年08月23日

愛の種蒔き

あなたは愛の種まきをしなくてはいけない、たえず、出来る限り卓さんに。それが教育期間を終えたのちのあなたの生涯の仕事である。どれもみな芽をふくとはかぎるまい。それを覚悟していなければならない。しかし、全部が全部、石ころばかりの地面に落ちてダメになるとはかぎるまい。なぜなら、世界が愛を必要としていることは非常なもので、世界自身が愛を持たない場合でも、愛を評価することに変わりはないであろうから。

種まきをどうするかという方法は、日に日に悟って行くのが最善の道であろう。ひとたびその決心さえついてしまえば、種まきの機会はいくらも出て来るだろう。だから、ためしにやってみたまえ! 最も大きな仕事は、当たってみること、始めることによってのみ成就するのだし、この場合には神が助けてくださることは間違いないのだ。なぜなら、神自身が同じ目標を追っておられるのであり、あなたはこれから先、神の助手、同じ仕事に携わる協力者かからだ。<<ヒルティの言葉より>>
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2016年08月15日

考え方を変えれば

人間生きている限りは如何に生活しやすいと言っても世の中には少なからずわずらわしく思われる人々がいる。そんな時に気持ちを落ち着け冷静に対応する考え方をカール・ヒルティが残してくれている。

ほんのしばらく経てば、我々はもうその人にお目にかからなくなるのであり、それから先になれば、おそらく二度と相見ることはないであろう。だから、我々は、せめてこの短い間だけでも、彼らに親切に接しようではないか。しかし、もし我々がさらに永遠に彼らと一緒に生き続けなければならないなら、なおさらそうするほうが当を得ているのであろう。
<<ヒルティの言葉より>>
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