2016年07月19日

受け取り方を変える

どうにもしょうがない。境遇はしばしば変えようにも変えられないのだから、そのうけとり方を変えなくてはならない。そうでないと、たえず苦情ばかりこぼして身をすりへらし、自他ともにこの生を不快なものにし、なんとも手のほどこしようがなくなる。ヒルティの言葉、希望と幸福より
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2016年07月09日

仕事について

よく仕事をするに必要なこと、それはフレッシュな気持ちと感興がなくなったら、その仕事を続けないことだ。

始めることだけは、気がむかなくとも始めなければならぬが、(そうしなければ大体始めようがなかろう。)しかし、仕事したあげく多少疲れたとなったら、ただちにその仕事を中止すべきだ。だからと言ってその場合、仕事そのものをまるきり止めるには及ばないのである。たいてい今までやっていたその特定の仕事だけを止めればよいのである。というのは仕事を取りかえることは、必要な休息とほとんど同様に元気を回復させるからである。われわれの天性にこういうからくりがなかったら、たいした仕事はできまい。 ヒルティの言葉、希望と幸福より
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2016年07月05日

自然のまま

陰鬱な気分に傾きがちな時は、小さなものに目をそそぎなさい。小さな草花、小さな動物、健康で自然のままであれば小さい子供たちもまた、何かうきうきした気分を簡単に呼び覚ましてくれる。ところが、われわれの出あうおとなたちの目からは、たとえもっともっとわるいものがのぞいていないにしても、しばしば人生の困窮やつらさがのぞいているのだ。しかしその時、彼らがあなたの目のなかに、もともと上流社会につきものの表情であるひややかな無関心でなくて、もっとましなものを見てとるように、注意するがいい。ヒルティの言葉、希望と幸福より
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2016年06月30日

暇を見つける

暇を見つける最も優れた方法は、規則正しく仕事することだ。すなわち、断続的にやるのではなくて、一定の時間をきめ、ただし日中の時間で夜の時間ではない、一週に六日働くことである。これは五日でも、七日でもいけない。夜を昼と間違えたり、日曜日を仕事日にしたりすることは、絶対に時間と働く気力とを失う最上の方法である。数週、数カ月にわたるいわゆる「骨休み」も、それをまったく文字通りに取って、いっさいの仕事を完全に止めるという意味ならば、むしろ考えものであろう。ヒルティの言葉、希望と幸福より
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2016年06月25日

微笑と快諾

年をとってからはとりわけそうだが、言葉のよい意味で楽天的であるようにつとめなさい。環境があなたに持ち出す要望や要求は、それこそ朝から晩まで一日じゅう山のようにあるわけだが、それにたいしてあなたは、にこやかな微笑と快諾をもって答えることもできれば、また多少ふきげんないやいやで答えることもできるのだ。

つきつめた話、どの態度でのぞんでも、結局あなたにとってはたいがい同じ結果になるのであり、どちらを取るかは単に習慣の問題にすぎない。しかし、微笑と快諾をもってするという習慣のほうが、あなたの家族やそのほかあなたと交際するすべての人々にとっては、もっと大きな、しかし当然めったにないような善行などよりも、はるかにありがたいのだ。

日常の小さなことが人生の性格をきめるのであって、大きな行為がきめるのではない。大多数のひとにとって、大きな行為など、そうでなくてもめったにないのである。「ふきげん」は、もしまだあなたにこびりついているなら、徹底的にぬぐい去るべきものだ。<ヒルティの言葉、希望と幸福より>
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