2017年06月15日

一杯のコーヒー

最近朝食後に飲むコーヒーカップが一回り大きくなった。これまでは普通にありふれたカップだったがマグカップに変更、夏場に向かい汗をかきやすくなり熱中症にかかりやすいので、飲む量を増やした方が良いという我が家のボスに従った。

最近の活動は5時半起床ですぐに我がベランダ農園の見回り、今朝はネギにゴマのようにへばりついたアブラムシをはけで受け皿に落して取り除く。それにメロンが大きく伸びたので、今年も収穫を期待して三本柱の支柱を立てて補強する。

洗顔を済ませてトレーニングウエアに着替えて、ラジオのニュース番組を聴きながらストレッチを30分ほど済ませる。6時半からいつものウォーキングに近くの公園に出掛ける。

何と今朝はビワの樹に登って収穫している人がいた。ああ残念これで毎朝の楽しみが一つ消えてしまったかなと思いきや、手の届くところに少し残してくれる優しさがある人でうれしかった。お蔭様で今日もご褒美のビワを食べられた。

シャワーで汗を流していつもの朝食を食べ、最後に今日から大きくなった一杯のコーヒーと小さなクッキーを手にパソコンの前に座る。これからが一日の活動開始である。
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2017年06月14日

変化の訪れ

<<あなたがちょうどあなたの生涯の荒涼たる時期に臨んでいるような場合には、将来の計画に手を出したり、とりかえしのつかない過去を回顧したりしてはいけない。それよりも、十分あなたが忙しくなるような、無益に待つという苦痛感をあなたから取り除いてくれるような、何か実際的な仕事を企てるがよい。そうすれば、ある日、恐らくはあなたがその仕事をまだ片付けないうちに、あなたの望んでいた変化が訪れてくるのだ。ヒルティの言葉>>

人間若い頃は色々と夢も希望も多く貪欲であれもこれもと考えているのだが、実力が伴わないので成長もせず成果も出ない現実に頭の中がパニック状態になり、強い自己嫌悪に陥ることが往々にしてある。そんな時、自分自身を見直し取り戻すきっかけになる言葉で何回かお世話になった。
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2017年06月13日

工事が進む

何やら巨大な足場が両サイドに出来上がったようである。これからどんな工事が進むのだろうか。公園の象徴のように高くそびえる白い煙突もなにやらはしごみたいなものが取り付けられた。
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それにしても鉄骨だけの足場も近くで見ると迫力のあるものである。従来の建物は依然としてそのままになっているが、どんな建物になってゆくのだろうか。そしていつ完成するのだろう。
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2017年06月12日

未熟を考える

未熟な人間と良く言われる言葉だけど、その内容はどのようなものだろうか。人それぞれに尺度を持っており、それに基づいて意見を述べていると思われる。自分に照らし合わせてみても、どこかにその基準を求めながら判断しているような気がする。そこで表に出てくる間際まで比較検討を重ねると同時に、場合によっては自分の意見がどのように受け取られるかと考えながらも発言もしている。単純に自分の持っている基準だけで比較判断しているようでもある。

何か事をすすめるにあたり思うことは相手の発言や行動、或いは過去の対処の仕方を念頭にしながらそのレベルを推し量り、己の基準とする習熟度と比較する。或いは他の人々の様子を見ながら、それらと比較することもあるだろう。しかしながら、未熟であるとか、成熟しているとか、場合によっては青二才などと言う場合もあるが、人を評価することには間違いないだけに、それは大変傲慢なものであるといわざるを得まい。

歴史のなかで交わりのあった人々の中では、これら評価の繰り返しであったことだろう。それによってもたらされた幸せや不幸せのドラマが小説となり、記録となって残っているのだろう。それは喜劇であったり、悲劇であったり、残酷であったり、心温まることであったりと千差万別の様態をなして、この世界が作られて来ているのだろう。不思議な何かを感じざるを得ない。

時として思うことは、果してその様な状況で絶対的な基準と言えるものがあるのだろうか。人それぞれに違う考えや見かたを持っている中では、同じものを評価するにも違った評価が出てくるのではないのだろうか。その様に考えると未熟と言う言葉の評価も人により成熟にもなりうるだろう。人それぞれに異なる評価が生まれるとすると、評価する人の問題はどうだろうか。その人のレベルが高いかどうかでも変わるとなると、寧ろ評価する人のレベルがどうかと考えるのが、実務的な考えになるかもしれない。
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2017年06月11日

ツバメグリル

息子夫婦から食事の誘いがあり、これまで何回か出かけた品川駅前のツバメグリルに半年ぶりに家族五人が集まり、昼食を一緒にすることになった。いつもと同じ名物ハンバーグを食べながら近況を話し、お互い元気なのを確認するだけだが、我が家族にとっては大切なこと。この日はサプライズで父の日のプレゼントをもらい家族のありがたさを再認識。

久し振りに朝10時頃から出かけて午後5時頃まで街中で過ごすことになった。このところにぎやかなところに出掛けるのが億劫になり家でのんびりと過ごすことが多かったが、気になっていたお見舞いも方向が同じだったのでこの機会にと出かけた。東京は実に大都会である、日中30度を超す暑さの中あちこちで外国人旅行者の姿がやけに目に付いた一日だった。
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