2018年07月11日

言葉

言葉と言うものは人の心を強くもするし弱くもする。毎朝習慣としている読書の中に新たな言葉を見出すことがある。これまで目にふれたことは何回もあっただろうが、今朝のように自分の中にその意味するところが伝わってくることはなかった。その言葉の意味を知ったときには感動と精神的な強さを得たような気分になった。

今朝の読書で“期待をせず希望を持て”と言う文章が目に入った。これまでも何回が読んだ記録が残っているのに改めて意味が語りかけてくれた。これは今の自分の心がそれを受け入れる状態にあったのだろうかと思う。このようなことはしばしば見られることであるがそれを得たときは大変嬉しいものである。何か数学の難問を解いたような気分である。

人間期待するとそれが実現しないことによる苛立ちがあるが、希望であれば中々実現しなくてもいつまでも心に留めておくことが出来る。あきらめないと言う自分の考えにも通ずるので解りやすくストレスにもならない。それが期待となると実現を前提に自分なりの期日を設けているためにその期日が過ぎたときのショックが大きすぎるようである。

期待をせず希望を持てという言葉がこれまでもやもやしている生活を何となくすっきりとさせてくれたような気がする。このように朝の読書は我が人生での悩みを何度でも解消してくれる。それは又朝の読書を習慣にまで高めることになった大きな理由でもある。楽しいかな人生に本と言うものがあって大変幸せである。
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2018年07月10日

歴史(昔のメモより)

人類の偉大な歴史と対面する。今回のエジプト旅行で見たいと思っていた。ピラミッドは確かに大きかったが、何度も何度も映像で見ていたせいかそれほどの感激はなかった。こんなもんだろうという意識で眺めていたに過ぎない。期待していなかっただけに感激もそれほど感じられなかったというのが正直なところだった。

砂漠で初めてラクダに乗ってみた30分程度だろうかピラミッドに向かって揺られたのだが、乗り心地の悪さとラクダ特有のにおいがいつまでも鼻に残り特に気になった。おまけにラクダの馬子が10歳程度の子供で何となく哀れみを感じる中でそれを取りまとめる大人のずうずうしさにへきへきする気分にさせられる。

テレビ番組で見たピラミッドは幻想に富んだ偉容を誇る様子が伝えられていたけれども自分に見えたのは石を積み重ねて作った三角錐の建物という印象だった。それを取り囲む現代の人々は昔の栄光のおこぼれで生活を支えているようにしか思えなかった。今を生きる人々の何となく生きているという人が大半という印象をぬぐいされなかった。

エジプト博物館で見た遺物も全てがファラオの時代の名残であり王族のミイラであった。それ自体には驚きもあったが現代を生きる人々はそれを生活の糧として利用しているのが何となく情けなく思えてきた。自分としては一部サービス業で新しい息吹も感じられたけれど基本的にはおこぼれで生活しているという印象は残ったのでしばらくは時代変化が起きないだろうと思う。エジプトの歴史はそれを続けられるほどの長いものである。
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2018年07月09日

よさこい祭り

例年この時期に公園で開催される夏祭りの競演がよさこい光が丘として来週にせまっていて、今年で12回目と横断幕での知らせが公園に通じる銀杏通りに張られている。関東の各地域や踊自慢の団体が集まって来て、次から次ぎにと銀杏通りを踊りながら会場のけやき広場まで練り歩く。この日ばかりは光が丘公園は人出で埋め尽くされるほどの賑わいである。
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2018年07月08日

誕生日

誕生日までに自分の夢実現を何度も夢見て来たが、客観的に見ても程遠いものになりつつある。それでもあきらめるなと自分には言い聞かせているが、むなしい気分にさせられるのは致し方ないことなのだろうか。それが続けば自分の気力が萎えて行くのが心配である。自分のとりえは自分自身を叱咤激励して歩くことにある。

誕生日に妻から今いくつになったのと聞かれ、これまで元気に生きてきたことをご先祖様に感謝しなければねと言われた。親戚や家族それに知人に今日は誕生日ですねと言ってくれた人があり、メールでは昔の仲間が誕生日を忘れていないよと連絡してきた。それだけでも自分の存在があるのかなと思って嬉しくなっている。

長年夢中で生きてきたなかで上記のような小さな出来事を素直に喜べることは、自分としてとても嬉しくそしてありがたいと思っている。それが又生きる力を与えてくれると思われる。人生も残り少なくなり人恋しい時期に多くの知り合いがいることも大切ではあるが、このように小さな一言くれる少数の人々がいることも自分の宝かも知れない。

人の気力というものはチョットしたことで大きく変わるものである。自分がそのチョットを与えられるようになったらこれほど素晴らしいことはない。それが大きなてことなりその人の成果に貢献するようになればこれほど嬉しいこともない。他人の気力を奮い立たせるということは人生も後半になった自分の大きな仕事かも知れない。
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2018年07月07日

偉大なる力

高齢になって思い返すのは若いころからすべきことをなまけてだらしなかった自分自身のことである。もう少し早く我が師の下記の言葉を理解してこれに基づいた生活を実践していたらもう少しましな自分になっていたのではと人並みに悔やんでいる。

<<怠惰をおさえて仕事に向かわせるもっとも有効な手段として役立つのは、習慣という偉大なる力である。>>
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