2017年09月06日

人生と思い出

最近は日本人の寿命が大幅に伸びているので、いつから年寄というのかも定かではないが、年老いて思い出のない人生は不幸であると言われています。ものの本によると昔の人は今より短命であったようだ。平安時代には四十歳まで生きるとお祝いをしたということらしい。“命長ければ恥多し。長くとも四十に足らぬほどにて死なんこそ…”と吉田兼好法師が述べているらしく、手ごろな寿命だったのかもしれない。

しかし、その後は平均寿命も六十歳代、七十歳代を上回り、現在は八十歳代平均にまでのびてきている。そのような訳で何歳をもって年寄とするかは人により、国により、時代により必ずしも明瞭ではない。そこで退職した以降、自分で年老いたと感じ始めてからと考えることが理にかなっているかもしれない。

年老いたと感じるそのころ残る思い出とは何だろうか。充実した少年時代、恋多き青年時代、恵まれた仕事、幸せな家族、交友関係等、思い出というものは何であっても良いと思われます。出来れば後味がよく、さわやかなものであって欲しいが、中にはほろ苦い思い出やつらいものもあるだろう。人間どちらかと言えばつらい思い出が強い印象として残っていることでしょう。何れにせよ思い出はその人の宝と言える。

しかし、年老いたといっても思い出しか残らないと決まったものでもなければ、思い出を新たに作れないというものでもあるまい。若い頃と違い動きは少々ゆっくりでも、お喋りと経験談には事欠かない、何も年老いるのを黙って思い出すら語れないような人生を静かに待つことはない。その年齢に応じて良き思い出を残しつつ、老年に向かって新たな活動に挑戦し新たな思い出作りに充実した日々を過ごしたいものだ。
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2017年09月05日

サラリーマン川柳

最近目にした川柳本が実に面白い。サラリーマンが多くの時間を過ごす職場で、日々口には出せない言葉が見事に句に編まれ、哀愁を漂わせながらその年の話題を巧みに採り入れているのは見事なものである。

仕事やれ人に言わずにお前やれ
年金はいらない人が制度決め
このオレにあたたかいのは便座だけ
やめてやる三億当たれば言ってやる
運動会抜くなその子は課長の子
帰りぎわとらなきゃよかったこの電話
妻だから運転できる火の車
ついに来た俺も週休七日制
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2017年09月04日

秘密?

数年前にいつもの本屋で“The Secret” という題名の本を買った。ポジティブ思考に関する本であるが映画化されているというベストセラーの本だ。これまでのように一人の人間が対象となったものではなく多くの成功者の考えをまとめた内容でそれらが全てポジティブ思考になっているものであり、それぞれの言葉を単にまとめてあるだけの内容である。

秘密というからに何かそこに隠されたものがあるかと読み続けても何もない。あるのは単に成功したそれぞれが自分の信じる考え方の羅列であり特別なものはない。本書ではその羅列した内容そのものが秘密であるという。読者が書かれたことをマネして同じようにしても同じ成功を得ることはないだろう。それでも秘密と言えるのはやはりその考え方が重要であることを意味する。自らの未来は誰も分からないが願うことで引寄せの法則が働くという考えである。

確かに人間というものはいろいろな考えのもとに育って来ている中で今をどのように考えて過ごすかが大切である。良く言われることだが運命の女神は前髪しかないと、それをつかむには常時体制を整えていつでも前髪をつかめるようにしておく必要がある。常時体制を整えるという行為がここで言われているポジティブ思考ではないだろうか。

夢を実現させたいと思うからにはその夢を持ち続けることの大切さと関連した日々の作業を確実にこなしてゆく必要があるのではなかろうか。川の流れと同じように最初は細いながれでも次々と小さな流れが集まって太くなって大型船も浮かべてより大きな成果を運べるようになるのと同じ理論ではないかと思う。そのようなことで大切にしたいのは常に前向きな考え方ではないだろうかと訴えているのだろう。
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2017年09月03日

クーラー考

今年も暑い夏が続いた中でのクーラーは大変有難かった。クーラーのある部屋の中で過ごす分には快適な生活である。家族全員クーラーのお陰でこの夏も何とか無事に過すことが出来て一安心だ。クーラーは人工的だといわれようが、人の活動には欠かせないものとなっている。クーラーの効いた部屋でギター練習を楽しみながら思う幸せの時である。

都会に暮らす人間はそのままの環境で生活するには厳しいものがある。特に夏場は都会特有のコンクリートジャングルの照り返しがあり、夏の暑さはさらに暑くなり人が単独で歩きまわれる状況にはない。それほど外の温度は高く、以前と比べたらどうしようもない暑さである。その環境でクーラーは限られた空間ではあるが快適な生活を提供してくれる。

最初にクーラーを購入したのは結婚を機会に集合住宅に引越ししてからだろうか。あまりの暑さに我慢ならずに買ったような気がする。当時は電気代が高いということもあり、クーラーは贅沢品の一つとなっていた。それでも勤務地の変更に伴い十数回の引越しを経てきたが、いずれもクーラー無しには過ごせなかった。

現在のクーラーも未だそれほど古いものではないので嬉しいが、さらに温暖化と共に高温になるであろう温度の上昇は止められないだろうから、その場合の対応策を見つけておく必要もある。出来れば快適に過ごせる避暑地を見つけて、老後の生活をいかに有意義に過ごすかのほうがより関心ごととなっている。クーラーを必要とせず老後のケアが十分に整った環境を楽しめるような余裕も欲しいものである。
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2017年09月02日

ラブレター

NHK出版の“60歳のラブレター”というタイトルにつられて読んでいるうちにふと目に留まったのが下記の手紙。少しでも文章を書けるようにと始めたこのブログも三年半を過ぎたが、如何せん文才がないのか一向に向上しない。ましてはラブレターとはもってのほかである。そんな中で自分のような無骨な高齢者が書いたのだろうか。

<<世の中には、おまえより料理のうまい女がいっぱいおって、おまえよりも掃除のできる女もいっぱいおって、何より、おまえよりきれいな女があふれとるわけやけど、この何年、何十年と、やっぱりこの家が一番で、家のごはんがうまくて、何か知らんけど、落ち着くというのは、つまり、おまえが、わしにぴったりの女房やったということなんやろうな。世の中うまいことできとるもんやな。夫から妻へ>>
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