2017年06月05日

意欲から思いやり

成功する人間かどうかはその人の持つ意欲の程度で決まるような気がする。多くの人と接して来たが、その後成功した人とは決まって意欲あった人が多い。それにもう一つ言わせてもらうと性格の良かった人が多い。この場合単に人が良いということではなく、はっきりした自分の信念を持ち曲がったことをしない率直な人のことである。

そのような人々と人生の中でめぐり合うことになれば最高である。自分の場合幸いにもそのようなことが重なってとても嬉しいことである。好きな仕事に就けたのも、それらの人々に助けられたことが多いと思っている。同窓生の中でも目立つことなく成果も殆どなかった自分が好きな仕事を続けられたことが不思議なくらいなのだから。

いろいろな経験は一つ一つが貴重な宝であり、それに巡り会えたということ自体自分は運が良かったといえるのだろう。それなりの成果も少々あったかもしれないが、それさえも何かに導かれていたような気がする。それだけに今後の人生で多くの欲を出すことはしたくない。出来れば世の中を楽しく過ごせるような社会貢献が出来れば有難い。

意欲ということではそのような訳で若いときと老年の今では少々変わってきているようだ。若いときの意欲はどちらかといえば自己中心的欲求が主体となり、他人に対する思いやりは弱かったし、気づかないことが多かった。大人になり老年になると昔受けた恩が、思いやりにかわり表に出てくるようになる。これからの人生がさらに充実するかどうかは御心にもよるが、この思いやりが出来るかどうか重要になってくるのだろう。
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2017年06月04日

厄介なこと

このところ親指の矯正で行き詰まっているギター練習、以前は問題なく弾いていたアグアドのアルペジオの練習曲でさえ全く弾けなくなってしまった。親指の巻込みがなくなったと思って喜んでいたが、親指そのものがギターを習い始めたころのようなもどかしさに戻ってしまったようである。

そのために親指のパートが弾けなくなって、以前練習し録音した曲も全く弾けない状態である。同じようなトラブルになった人のブログを読むと、よくあるケースらしい。人によってはギターを弾くことを諦めたという人から、しばらくギターとは縁を切って手を休める、あるいは回復運動や専門医通いまで色々出てくる。

自分の場合、弦を弾いた後の親指が手の平へ巻込む悪癖があった。講師から矯正して人差指の外側に来るようにしないと、目標とする曲は弾けないだろうと指摘された。そのためこの2年ほど親指中心に矯正を続けていた。それがやっと何とか出来るようになったと思った矢先以前弾けたはずの曲が全く弾けなくなってしまった事に気づかされた。

講師に聞くと矯正した後は暫く曲を弾けなくなる時期が少なくとも半年以上あるとのこと。これは如何したものか、事前に聞いておきたかった話である。プロ仲間でも奏法を変えただけで、何年か弾けなくなった人もいるとのこと。初心者の私は気分転換にしばらく休養するしかないのだろうか。
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2017年06月03日

タコの話

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以前折ったタコの折り紙をながめていたら、小学校の卒業旅行で熊本県の阿久根大島というところに行ったことを思い出した。事前に当時の担任の先生からタコがいる島だから捕まえたい人は釜土の灰を持って行くようにとアドバイスがあった。

私は楽しい修学旅行に行くのにそんなものをと思い全く考えもしなかったが、中には真面目にビニールの袋に灰を入れて持参した生徒がいた。島につくと現地では一口タコと呼んでいるのが、岩の割れ目の奥に潜んでいるとのこと。岩場の多い海岸だが、表面的にはタコの気配は全く思いつかれなかった。灰を持ち込んだ生徒は、教えられた通り海水に溶かして割れ目に流し込み、タコが這出るのを待っていた。成果があったらしく帰りのフェリーの中で一匹のタコを捕まえて意気揚々と皆に見せ回った。好奇心があり我慢強かった彼は今も元気だろうか。
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2017年06月02日

偉大な思想

<<つねに偉大な思想に生き、つまらないことは軽視するようにつとめよ。これは、一般的に言って、人生の多くの苦難と悲愁を最もたやすく乗り越えさせる道である。ヒルティの言葉より>>

続けて書かれていることは“一見いかにも曇りのない太陽の日差しを一杯に受けたような生活を送りながら、本当に幸福だったためしはない人がいる。彼らはたいがい懐疑的な思想の持ち主として、あるいは完全に惰性主義者としてこの世を去って行くのであり、なんら永続的な思い出を後世に残すことはないのである。”

“これに反して、たびたび苦しい苦難の試練をうけながら、さっぱり変わりばえしない人もいるが、それも悪いしるしである。そういう人の場合には、苦難が止むことがよくあるが、しかしそれは少しも彼らのためにならないのである。内面的な心境を求めながら、しかも多くの苦難を受けなくて済むような人は存在しないのである。”
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2017年06月01日

ご褒美7個目

今朝は枝を手繰り寄せ少し大きめの実をゲットする。このところ毎朝一個か二個は色づくビアのお蔭で楽しみが増えた。自然が与えてくれる恵みは公平に分け合わなければならないという教えに従い、二個あるいはそれ以上色づいても頂くのは一個にしている。

二本あるビワの樹もこれまで片方だけが先行して色づいていたが、今朝からは少々小振りの実をつける、もう一本の樹の陽当りの良い場所にある実にも色がつき始めた。未だ強敵の鳥には気付かれていないのか、あるいは早すぎると敬遠しているのか、有難いことに競争相手が居ないのがありがたい。今日で7個目のご褒美を頂くことになった。
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