2017年09月01日

経験知を考える

経験知というものはリスクを減らしてくれる最高の指針であると共に、場合によっては最大の障害でもある。何かことを起こすにも誰もが思い浮かべるのが、同様な場合が過去になかったかというところから始めるのが常人の常である。その経験知が新たな分野においては、大きく立ちはだかってなかなか新たな考えに結びつかない。

経験知とは、過去の体験の中で成果を出した思考回路がいわば習慣化したものであり、成果につながった理由を経由しないで、それ自身で答えを出すことができる独立した見識である。経験知はそれだけに若い人よりも年齢を重ねた人に強く現れてくる現象である。しかし、厳しい言葉で言えば経験知は瞬時に答を出すことが出来るが、新たな事象については融通の効かないことが多い。それが自分を含めた高齢者に多い現象である。

現在多くの日本企業は世界市場に向けた取組みを続けているが、これまで国内において絶対的な強さを持って市場を動かしてきた組織では、経験知が大きな障害となってなかなか意見の統一が出来ない状況にある。世界市場開拓は日本企業においては生き残りに必要であり、そこで通用する製品の考え方をどのように構築してゆくか苦しんでいる。

従来、日本企業は既に出来上がった市場に改良を加えた製品を投入する競合戦略が基本で得意とするところであった。先端国市場の動向が日本市場に波及する際の遅れを使って、日本市場における主役を維持する方法であった。この方法は日本では主役のように見えるが、世界的な視野からすると基本的には人まねの領域をでていない。
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2017年08月31日

徳川家康人生訓

若い頃読んだ徳川家康の印象はそれほど良いものでなく、当時彼の人生訓と言われた言葉を読んでもあまり気にいるものではなかった。しかし、高齢者となり人生も残り少なくなってくるとその意図とする彼の考え方に納得させられることも多くなってきた。

人の一生は
重荷を負うて、遠き道を行くがごとし
急ぐべからず
不自由を、常と思えば不足なし
心に望みおこらば、困窮したる時を思い出すべし
堪忍は、無事のいしずえ
怒りは、敵と思え
勝つことばかりを知って、負くることを知らざれば、
害、其の身に到る
己を責めて、人を責めるな
及ばざるは、過ぎたるに優れり

慶長八年正月十五日
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2017年08月30日

青春の一時期

若いころ特別に感受性が高かったわけでもないと思うのに、他人から一寸した批判や陰口を言われては落ち込むほどの精神的な弱さを持っていたようである。次の言葉には何度も目を通したようで赤線がひかれて残っている。

<<人生を歩んだ人で、弱くなった時間を持たなかったためしはない。真に気高く、志操の高い、人類にとって貴重な人間とは、そのような時を全然ないしはごくわずかしか持たなかった人々ではなくて・・・それは通常、意気地のない気性のせいだ・・・そのような時に屈せず、それを見事に克服した人々のことである。彼らはそのような戦いと勝利を重ねるたびにいよいよ気高く、いよいよ練達となり、その国民全体も、また一般に地上での善の仕事も益をこうむったのである。ヒルティの言葉より>>
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2017年08月29日

未知の世界に向けて

未知の世界でもその環境が整うまで心の準備を続けなければならない。天の味方なしには成果が生まれないだけに時が来るのと運命の女神が微笑むかが、自分の未来に繋がるだろう。どちらにせよ折角この世に生を受けた身なれば、何としても前向きな気持ちで明るく全うして行きたい。その間は趣味の世界を生きることもよしとして進めよう。

退職後はNHK文化センターで念願のギター練習に取組んでいる。以前は折り紙コースを受講している。いずれもが時間の経つのも忘れるほどに没頭できるものでうれしい限りである。何かと人の気持ちを推し量ることで気落ちしていることを忘れさせてくれる二つの趣味である。ギターは今回が年齢的にも最後のチャンスである。

折り紙経験は数年間ほどのものだが、それでも夢中にさせてくれる。最初は5cm四方の紙で小さく折ることから開始して今は創作折り紙に取組んでいる。創作折り紙は自分なりにイメージできるようになれば絵を描くようなものである。これを是非とも身に付けて楽しみたい。それまではより多くの折方を学び自分のものとして活用できるようになりたい。

人生に仕事以外に趣味の世界があることは大きな財である。仕事だけでは壁にぶっかった時の対応の仕方が分からないが、趣味の世界があることにより心の余裕が生まれるので足場を二つ持つことになり、少なくとも横に倒れるようなリスクはなくなる。残りは前後の注意だけとなり安心感が広がる。そのことが趣味をより高く押し上げる元となる。

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2017年08月28日

団地夏祭り

毎年恒例になった当団地の夏祭りがあった、年に一度の夏祭りは年々寂しくなって行く。団地の築年が進むにつれて、活気があって賑やかだった子供達も大半が巣立ってしまった。残っているのは入居時期に元気な若夫婦だった人達が、高齢になり二人であるいは片方だけが細々と住み続けている。

しかし、この日だけは離れて生活する子供や孫も訪れて、団地広場に出来たお店で、高齢のジジ・ババと一緒に大道芸人の芸を見たり、ビンゴゲーム楽しんだり、神輿を担いだりとにぎやかな一日である。ありふれた日本文化を後世に継ごうと町内会で毎年開催される小さなお祭り、そこに平和な日本を感じる。
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