2017年06月25日

謎のような人生

下記のヒルティの言葉を読み直すと、若い頃人並みに色々とその生き方について悩んだのが懐かしくなってくる。当時は同じ言葉を読んでも殆ど理解できないほど難しいと感じた内容だが、それ以来半世紀近く過ぎてこの年齢になると何となく理解しているような錯覚に陥るのは、それだけ感受性が衰えたのだろうか。それとも日々変わりゆく社会変化に流されて悩むことも忘れて慣れっこになってしまったのだろうか。

<<およそこの謎のような人生を渡って行くためには、大別して四つの道しかない。宿命論、ストア主義、利己主義、および信仰である。われわれはすべて考えて、あるいは、知らずにそのうちのいずれかの道を歩いている。しかし、その結果はさまざまだ。第一の道はひとを無感覚にする。第二の道はひとを冷酷にする。第三の道はひとを悪くする。ひとり第四の道だけが、この地上で可能なかぎり、ひとを良くし幸福にする。ヒルティの言葉より。>>
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2017年06月24日

梅雨時の富士

この時期珍しく頂上付近に残雪を残している富士山が少しガスってはいるが自宅のベランダから全体の姿が見えた。寒さ厳しい冬の時期は空気も澄んで見事な姿がみられるのだが、梅雨時のこの時期は滅多に姿をあらわさない。しかし、昨日の雨と風のせいか水彩画みたい撮れてしまった。これはこれで又面白い写真になっている。それにしても箱根の山々の稜線のその又向こうに際立って高くそびえる富士はやはり格別な存在感がある。

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2017年06月23日

写真について

写真について言えることは何だろう。最も古い自分の写真は1歳ぐらいの頃二人の従兄弟と一緒に三人で撮った写真だろうか。勿論自分には全く記憶にない写真が残っており、そうだと教えられているだけである。その後も昔のことで写真を撮ってもらう機会など殆どなく都会に住むという伯母さん夫婦が、田舎に帰って来たときに自分の子供達と一緒に撮影してくれたのが残っている。古い写真といえばもう一つ今はいない母の若き姿が唯一見られる写真がある、縦縞の着物を着て大家族と一緒に写っている。

その後、徐々に写真の数は増えていったが、思い出に残るほどの写真といえば最初のデートのときに撮った写真がある。赤い紅葉の前で取った最高傑作の写真で確か詩仙堂の庭を歩いているときのものだ。その後は子供たちが主役の写真が多くなってきた。勿論写真を撮るにはカメラが必要でありデジカメへの投資も多く、これまで5-6台も買い換えてきたのではないだろうか。

写真というものは人生のほんの一こまではあるが、鮮明に記憶に残るものである。自分が生きてきた証拠であり形でもある。それを映し出してくれるカメラとはいかに優れものであろうか。我が家族の思い出を残すにもそれが見えるだけにありがたい。
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2017年06月22日

恒例の食事会

それぞれが高齢になってしまって体調不良を理由に今回は二人が欠けて五名だけの食事会になってしまった。毎年同じ料理屋で年に二回、六月と十二月に行われる定期食事会だ。

以前の会社の同期入社したものの夢を実現するために転職したり、起業家になったり私同様同じ会社で勤め上げたりした有志が友好を深めるためにお互いの近況報告に集まっている。話題は勿論自身の近況報告から始まって、共通知人の近況、老後の健康管理や病気、時の話題や会社勤務中の話で今だから話せる内容だったりする。静かな日常の中に置いて楽しみの一つが年に2回の食事会であり、昨夜も楽しく過ごせて嬉しかった。
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2017年06月21日

カワセミに遭遇

公園の銀杏並木の横にある小さな池にカワセミが住み着いているらしい。早朝ウォーキング中に通る銀杏並木のそばに毎朝数台の望遠レンズを備えたカメラが三脚に取り付けられて小さな池の一角に向けられているのが気になっていた。

その傍ではカメラの持ち主らしき人達が黙ってカメラの向けられた方向を見つめていた。ある時、誰もが気になるのだろう通りがかりの人が、何を撮影しているのですかと質問していたのが聞こえてきた。カワセミが餌探しにくるのですよとの返事。

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清流に住むコバルトブルーで小魚を食とする美しい鳥とは似つかない環境であるこんなに澱んで魚影が見えるとは思われない小さな池に住み着くはずがない、カメラの放列は毎朝続いていたが、一度も遭遇したことがなかった。それが今朝はごらんのとおり石の上に小さなカワセミが姿をあらわし、カメラのシャッター音が連続して聞こえてきた。
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